第6話

「王宮魔法大会への特別参加?」


ユーリの言葉に私は首を捻る。

授業後の生徒会でのお手伝いに参加したときに聞いたのは、予想以上の大きな催しものが行われる話だった。


ユーリによると、毎年、王宮で魔物討伐など戦闘に特化した魔術師たちが行う魔法大会があるらしい。けれど、魔術師たちがどんどん減っていく中、魔物討伐部隊に所属する魔術師はその中でも特に少ない。魔力を持つ人間は貴族に多く、魔法学園卒業後は家督を継ぐ手伝いをするか、官吏として王宮に努めることが多く、過酷な現場に出る魔物討伐部隊を希望する人間がいなくて困っているそうだ。

そのため、魔法学園在学中に魔物討伐部隊に興味を持ってもらうために、希望者は魔法大会へ特別参加することができることになったそうだ。


「参加できるのは2年生と3年生だけなので、アリアは参加することができないけれど、俺とレオム殿下は参加するから見学にきてね」


「レオム殿下も参加されるのですか?」


意外に思い私はレオム殿下を見た。

レオム殿下はとても優秀な方だけど、目立つことを苦手としているので、そういった目立つ催し物に参加するのは意外だった。


「ああ、客寄せとしてね」


レオム殿下は困ったように眉をひそめて答えた。


王宮魔法大会は人気のない催し物らしい。

魔物討伐部隊は、攻撃魔法が得意で戦うことが好きな荒くれ者か、家督を継ぐことができず官吏として勤めることもできない魔力はあるけど勉強はちょっと、という人間が多い。

そのような部隊は魔力があるといっても女性に人気がなく、女性に人気がないということで男性にも人気がない。


さらに王宮魔法大会は魔力のぶつかり合いのため、観客席に結界が張られているとはいえ、結界を破る魔力がぶつかることもあり、観客は危険に晒されることがある。

そのため、一般にも開放されている大会なのに、人気がない大会らしい。


その人気のない大会に観客を集めるために、第三王子であるレオム殿下が王命によって駆り出されることになったそうだ。


確かに、温厚で見目も良い王子様が参加するとなると、女性たちが見に来そうだからね。


「大会には父上も見学するそうなので、下手な試合はできないからプレッシャーだよ。王宮魔法大会は戦うことが好きな戦闘狂が参加するから、嫌なんだけどなぁ」


はーっとため息をつき憂鬱そうなレオム殿下と対称に、私の婚約者のユーリは楽しそうにしている。


(ユーリって意外と戦闘狂なんだよね。そんなふうには全然見えないけど)


まぁ、レオム殿下には可哀そうだけど、ユーリが楽しそうなのは良いことだ。

それに王家直系のレオム殿下と、王家の血を濃く引くユーリは学園の中でも飛び抜けた魔力の持ち主である。

戦闘狂相手にしても引けを取らない戦いをするであろう。


「国王陛下もご臨席されるのですね」


「ああ。魔物が最近増えていてね。騎士団だけでは魔物相手に難しいところがあって、魔物討伐部隊には魔力がある人を増やしたいんだ。特に後方支援として補助系や回復魔法の魔術師不足は深刻でね。このままでは深刻な被害につながる懸念があるから、父上も王宮魔法大会で魔物討伐部隊の知名度が上がることを期待しているんだ」


(魔物かぁ)


動物と魔物の違いは魔力を持っているかいないかである。

ちなみに私の前世である竜は、人間にとっては魔物である。

しかし、人間をはるかに凌ぐ魔力と寿命を持ち、知能も高く人間との意思疎通を取ることができる竜は、S級魔物と呼ばれて討伐対象ではない。人間から攻撃しない限り、竜が人間を攻撃することはないし、下手に竜を怒らせたら国が滅んでしまうから、人間の中では竜とは係るなという法律があったりもする。

そうはいっても欲の深い人間によって竜の鱗狙いが行われていた時代もあったけれど。


竜以外でも、知能が高く意思疎通がとれる魔物もいる。前世で仲良くしていた魔物もいる。

その子たちが討伐されるのは悲しいけれど、世の中は弱肉強食だから仕方がない。


竜のときは魔力が大きすぎて一方的に狩りをおこなっていただけだったので、同じような力を持つ者たちが戦うということは興味がある。


「ところで、マリアン様とルドル様は参加しないのですか」


生徒会室にいながら会話に参加しない二人に尋ねると、二人とも思いっきり顔をしかめた。


「嫌よ、そんな危ない大会に私が参加するわけないじゃない!」


「同じく嫌ですね。お二方が参加するなら尚更です。お二人にこてんぱにやられるだけですから」


まぁ、そうだよね。この二人と一緒に参加したいと思うのは、よっぽどの物好きだけだろう。そういうことでは物好きが多くいるだろう魔物討伐部隊との闘いは面白そうである。


「アリアが参加できないのは残念だったね。アリアが参加して優勝したら面白かったのに」


ククッとユーリがその場面を想像したのか楽しそうに笑うのに、私は苦笑いになる。

私の魔力は二人よりも高いし、前世の経験から魔力の使い方にも慣れているので、参加したら優勝してしまうだろう。


「アリア嬢の魔力ってそんなに高いの?」


不思議そうに尋ねるルドル様に、「ああ、俺が知っている中で一番高いよ」とユーリが頷いた。


「そうなの?たしか、前国王陛下の妹姫が、アリア嬢のおばあ様にあたるんですよね?王家の血を濃く引いているけれど、レオム殿下より高いの?」


びっくりした顔でルドル様が私を見た。


「あー・・・、そうみたいですね」


苦笑いする私に、理由を知っているユーリが、笑いを抑えられなくて噴き出た。


「ああ、その件は王宮に報告が上がっているね。検証がまだされていないので公表はしていないけれど」


ユーリと同じように面白そうな顔をしたレオム殿下が爆弾発言した。


「ええっ!!報告されているって、あのことを!?」


「ああ、アリア嬢の名誉に関わることなので、一部の者しか知らされていないけど」


「えーーー!!」


あまりの衝撃に私は絶句した。


実は私の魔力が高いことは前世とは関係がない。いや、間接的には関係があるかもしれないが。


私が産まれたリアドール家は魔力を持たない家系であった。そこに魔力の高いおばあ様が、当時、大使としてスレート王国に駐在していたおじい様に恋をし、反対を押し切っておじい様が自国に帰還するときに無理やりついて来たらしい。

魔力がないとはいえ、リアドール家はアムーディア国では名門の家柄であるため、隣国と強い繋がりができるということで、渋々ながらも認められたらしい。実際、それからリアドール家はスレート王国とアムーディア国との橋渡し役として大きな貢献をしてきた。


そんなことで、おばあ様が強い魔力を持っているとはいえ、魔法に馴染みがないリアドール家に産まれた私は、そこそこ魔力が高いかな?程度であった。

そんな私が前世の記憶を思い出しとはいえ、産まれ持った魔力が増えるわけではない。私の魔力が増えた理由は、もっと別のことである。


「リアドール侯爵夫人はとても厳しい方だからね」


思い出し笑いをしているユーリと、楽しそうにしているレオム殿下にジト目で見てしまう私は悪くはない、はず。


「だって、クッキーや甘いお菓子があんなにも太るものだと知らなかったから・・・」


小声でボソッと呟いた言葉に、ルドル様が不思議そうに私を見る。


そうなのだ。竜のときはどれだけ食べても太らなかったのだ。それは何故だか分からない。

分からないけれど、そう、人間は太るのだ。食べたら太るのである。特に甘いお菓子は太るのである!


5歳の時にクッキーを食べたことで前世を思い出したことをきっかけに、私は人間に生まれ変わったことを神に感謝をして、お菓子を食べまくっていた。経済的に不自由をしていない貴族の家に産まれたこともあり、いろいろなお菓子が手に入った。一人娘で可愛がられていたこともあり、食後のデザートはもちろん、おやつの時間にもいっぱいお菓子を食べることができた。

だって、前世の竜のときでは食べることができなかったのだ。精霊のルビーさんがときどきクッキーを持ってきてくれたけれど、それもルビーさんが寿命を全うし、自然に帰ってしまってからは途切れてしまっていた。

竜の身では作ることも買うこともできなかったお菓子が、いっぱい食べることができるのだ。誰が我慢なんてするのであろう。


とにかく食べまくっていた私は、10歳になる前には丸々と太った令嬢になっていた。太りすぎて既製品ドレスが入らなくなった私に、お母さまがある日青筋を立ててブチ切れた。


・・・そのときの記憶は今思い出しても恐ろしい。私のお母さまは竜よりも怒らせてはいけない人間だ。


「痩せるまでお菓子抜き!」とリアドール家の絶対権力者であるお母さまの一言で、我が家からお菓子が消えたのだ。

泣きながらダイエットに励んだ私は、前世で魔力を使うとお腹が減って痩せてしまうと言っていた仲の良い魔物がいたことを思い出し、痩せるために魔力を使いまくったのだ。


魔力と言っても火や風に変える魔力ではなく、歌声に魔力を乗せて発出することで精霊たちのエサにした。毎日、朝から魔力が枯れるまで放出しまくった結果、精霊たちの間で私の存在が非常に有名となり、前世からの知り合いで、現世での契約精霊であるエメさんと再会したのもその頃である。


そして魔力を発散することで体重を減らし、何とか同じ年頃の令嬢と同じくらいの体形になった頃、魔力がとても増えていることに気が付いたのだ。

人間たちの間で、効率的に魔力を使えるようになったことで、魔力の使用量を減らすことができても、もともと持って産まれた魔力量から増えることはないと考えられていた。


何より魔力を持つ人間は希少な存在であり、魔法を使うことは特別なことになっていたため、バカみたいに毎日枯渇するくらいまで魔力を使う人間は今までいなかった。

そのため、枯渇するまで魔力を使用することで、魔力を増やすことができるということは、これからの国を変えてしまう程の非常に重要な大発見であった。


ただし、それが発見されたのがダイエットのためだったことは、是非とも国家機密にして欲しい。

ユーリから私の魔力が高い理由を暴露され、なんとも言えない表情でルドル様に見つめられた私は居たたまれなくなって、身を小さくしたのである。

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