第5話

「ラプラシアン伯爵令嬢?」


「ええ、どのような方かしら?」


スレート王国の北に領地を持つラプラシアン伯爵家。当主の伯爵は要職には就いておらず、領地に住んでいる。領地はこれといった特産物はなく、かといって作物が育たないわけではなく、本当に特色がない領地、といったことは知っているけれど、ユリア・ラプラシアン伯爵令嬢のことは、あまり知られていない。


家が大商会を営んでいるスーザン様は、貴族社会の繋がりに詳しいため、伯爵令嬢本人のことにも詳しいかな、と思い尋ねた。


「うーん、私もあまり知らないのよね。お茶会などに出席されたことはないみたいで、私もこの学園に入学して初めてお会いしましたし」


普段は領地にお住まいで、学園に入学するまで王都に来られることはなく、今は学園の寮にお住まいらしい。


学園の寮は広い。大貴族の子女たちが住まう寮の部屋は、庶民が暮らす家と同じくらいの部屋数があり、使用人を数人連れてきている人もいる。食事も食堂で食べても良いが、使用人に取りに行かせて部屋で食べている人も多い。

同じ寮で暮らしていても顔を合わせない人も多いため、私はラプラシアン伯爵令嬢が同じ寮にいるとは知らなかった。


でも、入学まで王都に来たことがなければ、シューラー公爵令嬢のように恋敵認定をされているわけではなさそうだ。


「大人しそうな方だけど、優秀な方ですよね。入学前試験では、アリア様に次いで2番目の成績でしたし」


「そうなのですか?」


自分がトップだったことは知っているが、2番目以降は知らない。


「ええ。入学前試験で1番の成績でしたら、恒例で生徒会のお仕事のお手伝いができますでしょ?特に今年は生徒会にはレオム王子やユーリ様がいらっしゃいますから、多くの方が1番を目指していたみたいですよ」


魔法学園の入学前試験で1番だった場合、次期生徒会役員候補として入学後の1年間は生徒会の雑用係としてお手伝いが命じられる。そのため、私も授業後には生徒会室にお手伝いをしに通っている。

・・・お茶とお菓子を食べているだけではない。お手伝いもちゃんとしている、と思う。


毎年恒例なので、そのため、私はユーリから試験で1番を取ることを命じられていた。入学後、一緒にいる時間ができるためである。

試験の発表のときはとても緊張した。ユーリから「1番だったら、生徒会室で俺の作ったクッキーを食べることができるよ?でも、1番ではなかった場合、生徒会に入るまで食べることができないからね?」と、笑顔で脅されていたので、本当に1番の成績でよかった。


ユーリの笑顔はときどき怒っている顔よりも怖いのだ。


(でも、ラプラシアン伯爵令嬢が2番だったのかぁ。そのことで恨みを買っているのかなぁ?生徒会に入りたかったからとかで)


精霊や動物は思いをそのまま伝えるので、何を思っているかと悩んだことはなかった。人間になって初めて、思いと言葉が違っていたり、思いを伝えないという人間独自の感情が分からなくて、悩んでしまう。


「でも、そういえば・・・」


スーザン様が何かを思い出したように顔をあげた。


「どうしましたか?」


「いえ、私の思い違いだと思いますけれど、入学前にラプラシアン伯爵令嬢を王都で見かけたような気がしまして」


「そうなのですか?どこかのお茶会に参加されていたのですか?」


「いえ、お茶会ではないので、今まで思い出さなかったのですが・・・」


うーん、考え込むようにしてスーザン様が話したラプラシアン伯爵令嬢を見かけた場所は、意外な場所だった。


「オークション会場ですか?」


私には全く馴染みのない場所、いや、普通の子供たちにとっては全く馴染みがない場所を言われ、キョトンとしてしまった。


「ええ。うちの商会では珍しい物を取り扱う場合がありまして、ときどきオークションに参加していますの。かなり珍しい美術品がオークションに出る出品されると聞いて、お父様に連れられて参加しましたの」


スーザン様が言うには、半年ほど前の話だそうだ。オークションには、闇オークションと言われる怪しいものもあるが、スーザン様が参加したのは、それなりに信用のおけるオークションだった。それでも参加者は年配の者が多く、彼女のような若い娘はいなかったため、同じような年代の女性がいたことは珍しくて覚えている、と。


「でも見間違いかもしれないの。フードで隠すようにしていたので、あまり顔を見ていないですし、少し見えた顔や髪が、ラプラシアン伯爵令嬢とよく似ていた気がするけれど、彼女がオークションに参加するとは思えないし・・・」


違っているかもしれないわ、とスーザン様が話しをしたところで、ドアをノックする音がした。


「はい、どうぞ」


「お待たせいたしました、お嬢様。ご注文のタルトをお持ちいたしました」


スーザン様が返事をすると、20代半ばくらいの若い男性が、お盆にフルーツがいっぱい乗ったタルトを乗せて部屋に入ってきた。


「キャー!!!」


お盆の上のタルトを見て、私は歓声を上げた。

タルトの上に色とりどりのフルーツが輝いている。事前にスーザン様から話を聞いていたけれど、想像以上に宝石のようにきれいでおいしそうである。


そう、今日はスーザン様と一緒にケーキ屋「ファーリー」に来ているのだ。「ファーリー」の貴族専用の特別室である個室で、スーザン様のおすすめであるフルーツタルトを注文していたのだ。


「おいしそう!それにすっごく綺麗!」


目の前に差し出されたタルトに目が釘付けだ。


「ええ。「ファーリー」自慢の新作です。南国で育てた果物は、特別便で今日届いたばかりのものを使用させていて、それにこのカスタードクリームは料理長のビリーが何年もかけて改良して作ったものなの。とってもおいしいわよ」


スーザン様はそう言ってケーキを持ってきてくれた男性を見た。


「初めまして、リアドール侯爵令嬢。本日はようこそ「ファーリー」におこし下さいました。

私の新作です。ぜひ、ご賞味ください」


「あなたが作ったの?」


びっくりして、男性を見上げた。栗色の短髪のまだ若い男性だ。


「はい。料理長のビリージョエル・リードと申します。本日はお嬢様方のために、腕によりをかけて作りました」


笑顔で自己紹介をしてくれたビリーはとっても優しそうな人間だ。


「さあ、食べましょう。今日はこのタルトを楽しみにきたんですもの」


「ええ!」


スーザン様からの言葉で、私はタルトを崩さないようにフォークを入れ、一口分を取り分けて口にいれる。


「おいしい!!」


口に入れたとたんフルーツとカスタードが合わさった上品な甘さに思わず歓声をあげる。


「お口に合ったようで、良かったです」


ビリーさんの言葉に、私は口に手を当ててコクコクと頷いた。本当においしいのだ。


「でしょ。ビリーが作ったケーキは本当においしいのよ」


スーザン様は得意げに笑った。


「本当においしいです。ラドフォード公爵家の料理長が作るケーキもおいしいしけれど、このタルトも同じくらいおいしいわ」


もう一口タルトを口に運び、スーザン様を見た。


「ラドフォード公爵家の料理人はとてもおいしいケーキを作ることで有名よね。アリア様もユーリ様のところに行かれたときは、いつも食べているのではなくて?」


スーザン様から聞かれて、いつもユーリの家に遊びにいったときのことを思い出す。


「あまり食べないかなぁ。夕食をユーリのご家族とご一緒する場合は、食後に出されることもあるけれど、ユーリと二人でお茶を飲むときは、ユーリが作ってくれたクッキーを食べているから」


「えっ!ユーリ様が作ったクッキー!?」


スーザン様とビリーさんがびっくりした顔で私を見た。


「そう。ユーリはクッキーを作るのが好きなのよ」


二人のびっくりした顔が面白くて、笑ってしまう。侯爵家の後継ぎであるユーリの趣味がクッキー作ることだと知ると、みんなびっくりするのだ。そして私はそんなびっくりした顔を見るのがとても楽しい。


「そうなのですか・・・あのユーリ様がクッキーを・・・。ダメ。想像できないわ」


スーザン様が固まっているのを楽しみながら、私はゆっくりとタルトを堪能した。ユーリのクッキーが1番だけど、それとこれとは別物である。



「ああ、おいしかったわ」


おいしいタルトに満足して、帰りの馬車に乗っても、まだスーザン様は「ユーリ様、クッキー?」と衝撃が残っているようだ。


やっぱりユーリがクッキーを作っているということを、みんなは信じられないようだ。

隣に座るスーザン様に笑えてきてしまって、スーザン様から馬車の窓に視線を移した。


「あれ?」


街中の路地の片隅に、知っている人間を見つけた。


「どうしたの?」


私の声にスーザン様の視線が向いたので、私は窓の外を指さした。


「あちらにいらっしゃるの、ラプラシアン伯爵令嬢ではなくて?」


そう、私が見つけたのは今日話題にしていた人間だった。


「あら、本当ね」


「どなたかとご一緒のようね。ご家族ではなさそうですね」


ラプラシアン伯爵令嬢は真剣な表情で若い男性と話をしていた。


「そういえば、確かラプラシアン伯爵令嬢には年の離れた弟さんがいらっしゃるけれど、ご病弱で、領地からでたことがないと聞いたことがあるわ」


ふと思い出したようにスーザン様がおっしゃった。


「そうなのですね」


貴族の後継ぎは基本的に、嫡男が継ぐ。男子がいない場合は女性が継ぐこともあるが稀であり、養子を貰って男子を後継ぎにすることが多い。

後継ぎの男子が病弱であると、後継者選びが大変だったりする。


街中の路地という貴族の女性が行かないであろう場所に、真剣な表情をしたラプラシアン伯爵令嬢がいたことに、何だか胸騒ぎがしたが、馬車は止まることなく私の寮へ進んで行き、ラプラシアン伯爵令嬢の姿は見えなくなった。



「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」


「こちらこそ、「ファーリー」にご来店、ありがとうございました。是非、またいらしてくださいね」


「ええ、絶対にまた行きます」


寮の前までファラール男爵家の馬車で送ってもらい、まだ明後日ね、と挨拶を交わして馬車が帰るのを見送った。


「ああ、タルトは本当においしかったな。次はいつ行こうかな」


ラプラシアン伯爵令嬢のことは一旦、忘れることにして、私はおいしかったタルトを思い出しながら寮に入った。


「どこに行っていたのかな?アリア」


幸せ気分だった私の背後で、凍えるような冷気が漂ってきた。ヒッと令嬢らしくない声をあげてしまい、恐る恐る後ろを振り返ると、入り口の横に微笑みを浮かべた私の婚約者が立っていた。


「慣れない学園生活に疲れているから、今日は部屋でゆっくりすると言ってなかったかな?」


穏やかな声のはずなのに、何故か私の背筋が凍ってしまう。


「ユ、ユーリ?」


何故、ここに?

今日は2年生の課外授業の準備に生徒会役員だからと呼びだされていたはずだ。私は1年生のため、手伝う必要がないので、今日は顔を合わす予定はなかった。

なぜ、いるはずのないユーリがここに!?


固まっているとユーリがにっこり笑った。


「準備が早めに終わってね。そういえば、明日、両親がアリアと一緒に夕食を食べたいと言っていたから事前に伝えに来たんだ。だけど、君の使用人から出かけたと聞いてね?そんな話は聞いていなかったから、心配して待っていたんだ。で、使用人も連れずにどこにいっていたのかな?」


そして私は「ファーリー」に言っていたことを白状させられて、黙っていたことと、使用人も連れずに外出したことをこってり怒られたのだった。


ちなみに私は後から知ったのだけれど、ユーリが気に入らなかったのは「ファーリー」の料理長が若い男性で、私が「ファーリー」をべた褒めすることだったらしい。

・・・そんなことを言われても、私には分からないです。

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