第4話
魔力は遺伝によって受け継がれることがほとんどである。
強い魔力を持つ両親の子供は、強い魔力を持つことが多い。両親とも魔法が使えなくても、魔力を持つ子供が産まれることがあるが、そういう場合でも、血筋を遡れば、魔力を持つ先祖がいる。
もっとも、このスレート王国においては、古き時代に遡れば、ほとんどの人間が魔力を持っていた。
そのため、遡っても魔力を持った先祖がいたかどうかが分からない人間でも、魔力を持って生まれてくることがあるが、ほとんど稀である。
しかし、強い魔力を持って産まれても、魔法が使えない場合がある。
魔法が使えない場合、人間は魔力があるということを認識することができないため、貴族社会から魔力がない人間として切り捨てられていった。
それが、この国から強い魔力を持つ人間が、減っていった理由でもある。
魔力を魔法として発動するためには、媒体が必要である。
人間はその媒体を「言葉」で発動することしか知らない。そのため、言葉を媒体にすることができない人間は、魔法が使えないということになってしまっている。
(うーん、違うんだけどなぁ)
前世の知識から、魔法学の授業内容に異論を唱えたいが、そんなことを言えるはずもない。そのため、人間用の答えはこれ!、といった感じで、割り切って覚えるようにしている。
言葉でなくても、自然の中の生物を媒体にすることで、魔法は発動することができる。
例えば、木や水だったり、精霊に魔力を分けて代わりに発動してもらうこともできる。
そして発動しなければ、魔力は増えていかず、また、全く発動しなければ魔力は固まって発動できなくなってしまう。発動しなければ魔力を失い、その子供に魔力が受け継がれていかなくなってしまうのだ。
確かに発動したい魔法を「言葉」にして発動することは、1番簡単な方法であり、人間にとっては最も多い方法だ。
特に「歌」は精霊たちが好み、意識せずとも精霊たちが力を貸すことがあるため、歌うような呪文は、強い魔法を発することができる。
ちなみ私の1番相性の良い媒体は、木である。言葉を媒体にすることもできるので、普段は発動したい魔法を言葉にして使うようにしているが、言葉にしなくても、思ったことを木に伝えるだけで、木を媒体にして魔法を発動することができる。
「では、今から実践してみましょう。二人一組のペアを組んでください」
先生の言葉に立ち上がると、皆がそれぞれ仲の良い子達とペアを組み始める。
私も立ち上がると、「アリア様」と声がかかった。
「スーザン様」
一緒にペアを組みませんか?と声をかけてきたのは、このクラスで初めてできたお友達である。
シューラー公爵令嬢に恋敵認定?されていて睨まれている私だけど、ラドフォード公爵の嫡男であるユーリの婚約者でり、隣国アムーディアのリアドール侯爵家子女の私の存在は無視できるものではないらしい。
最初は遠巻きにされていたけれど、私から話しかけてみれば、シューラー公爵令嬢の取り巻き以外は、普通に接してもらえることが分かった。
その中でも、王都に大商会を持つ男爵家の令嬢であるスーザン・ファラール様とは、すぐに意気投合した。
なんと、スーザン様の実家は、ケーキ屋「ファーリー」を営んでいるのだ!
ファラール商会は、いくつもの事業を営んでいるが、その中でも王都に構えるケーキ屋「ファーリー」は、以前、ユーリに連れて行って貰ったことがあり、あまりのおいしさに感動して、「また行きたい」とお願いしているのだけれど、ユーリは「俺の作ったクッキーのほうがおいしいでしょ?」と言って連れて行ってくれない。
そういう問題ではないのに、何故かユーリは私が「おいしい」と言った料理職人に、敵愾心を燃やす。何故なんだろう?
ユーリのクッキーが1番だけれども、おいしいものはおいしいのだ。
「ファーリー」には、かわいらしいケーキがいっぱいあった。もっと食べたいのだ。
行きたいのに、何がダメなんだろう?
そのケーキ屋「ファーリー」を営んでいるファラール家のスーザン様は、ケーキのことに詳しく、今度の休みには一緒に「ファーリー」に行く約束をしている。
もちろんユーリには内緒で行くつもりである。
バレたときが恐ろしいけれど、でも、それ以上にケーキは食べたい。
それに、家族とユーリ以外の人間と外出するは初めてである。今から楽しみでたまらない。
「もちろんです。一緒にペアを組みましょう」
実践授業の内容は、1人が火を作り、もう1人が水で消すという内容である。
魔力を持つ人間が身近にいる貴族の家では、学園入学前から自然と覚える魔法のため、簡単にできる魔法である。
「我が願いを叶え、火よ、姿を現して」
スーザン様が丁寧に言葉を紡ぎ、魔力を魔法に変えてイメージしている火を出現させているのを見ながらも、私は気づかれないように視線を動かし、目当てのものを見つけた。
(いた。エメさん、例のこと、お願いね)
教室内にふよふよと浮かんでいる緑色の精霊を見つけると、心の中の思いを魔力に乗せて、話しかけた。
(了解!まかせて)
頼もしい返事をくれたのを聞き、私は目の前で火を出現させたスーザン様に意識を戻した。
今度は私の番だ。
「大気に漂う水たちよ、我がもとに集まり、姿を現して」
そう呟くと、大気中の水分が集まり、水となった。そしてその水を、スーザン様が出現させた火を包み込むようにし、静かに火を消していった。
授業の課題は成功である。
私にとっては魔法を出現させることは簡単であるが、手加減をすることは難しい。ちょっと集中が途切れた状態で魔法を出現させたら、この教室に大洪水がおきてしまうほどの水が出現してしまう。
ちなみ前世のときは、水の魔法は苦手であった。そのため、以前に水の魔法の練習をするときに本気で水を出現させたら、屋敷の1階が埋まる程の水が出現してしまい、うっかり侯爵家の人たちを溺死させるところだった。
青筋をたてたお父様からゲンコツをされ、前世でもこんなようなことがあったなぁ、と懐かしく前世の父竜を思い出して遠い目をしていたら、さらに現世のお父様からこっぴどく怒られた。
・・・今生は水の魔法との相性は良いらしい。
私はホッとして、「成功しましたね」って笑うと、スーザン様も嬉しそうに笑った。
「今度は逆ですね。アリア様が出現させた火を、私が水の魔法で消します」
「ええ。では火を出現させますね」
私は、うっかりと教室も燃やすほどの業火にならないように集中して、「火よ、我が願いを叶えて姿を見せて」と呟いた。
私の両掌の間に小さな火が出現したことにホッとして、その火を消そうと集中しているスーザン様から、教室内に浮かんで漂っている精霊のエメさんに視線を移した。
精霊の姿は強い魔力を持つ者か、精霊と相性の良い者でしか見ることができない。
この教室内にはエメさんの姿が見える人間はいないようだ。
生徒たちは皆、水と火を出現させる魔法に集中している。先生もそんな生徒を見守っていて、エメさんの姿は見えていないようだ。
精霊のエメさんは、私の契約精霊だ。そして実は前世からの知り合いでもある。
今生に生まれ変わったあと、エメさんと再会したときは、びっくりしたと同時に、とても嬉しかった。
前世の記憶があること、ましてや竜だったことは、人間には話すつもりはない。でも、自分1人の秘密にしておくことに思い悩んでいたとき、前世の知り合いだった緑の精霊と再会した。そして今生の私と契約を結んでくれて、精霊に「エメラルド」と名付けた。
そしてそのエメラルドことエメさんに、私は1つのお願い事をしていた。
最初に私の机から教科書などがなくなった後、私は守護の魔法を机にかけていた。
そしてその守護の魔法に悪意を持って触れた人間が分かるように、魔力の痕跡が残るようにした。そして先日、魔力の痕跡が残っていたため、今日、エメさんに私の机に残っていた魔力の痕跡が誰のものか、この授業で魔力を発動したときに探してもらうことにしたのだ。
エメさんを見ていると、ある人をじっと見ていた。シューラー公爵令嬢だ。
私もエメさんの視線の先を見ていると、シューラー公爵令嬢が火を出現させたところに、相方が水で消そうとしていた。
(見つけたー!見つけたよ。アリアの机にいたずらしようとした人間、見つけたー!)
くるっと回転しながら緑色の髪をなびかせて、エメさんが私のもとに飛んできた。
(あの人間だよ、茶色の髪の人間の魔力と、アリアの机に残っていた魔力と一緒だったよー)
私の肩にとまったエメさんを見ながら、茶色?と思って、もう一度、シューラー公爵令嬢を見た。シューラー公爵令嬢の髪は、深い緑色をしている。そして、シューラー公爵令嬢と一緒に魔法の課題をしているのは、茶色の髪をした少女である。
(あの子は確か・・・)
ユリア・ラプラシアン伯爵令嬢。シューラー公爵令嬢と常に一緒に行動をしている、大人しめの少女で、目立ったところはない。伯爵家の令嬢だけど、父の伯爵は要職には就いておらず、貴族の中での立場もそれ程高いわけではない。
今まで私との接点はなく、一緒のクラスでも、まだ、話したことがない。
(でも、守護の魔法の痕跡に、強い悪意を感じたんだよなぁ)
恨まれる覚えはないけど、シューラー公爵令嬢関連で、何か恨まれるようなことがあったのかなぁ?と私は首を傾げた。
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