地獄送りにした幼馴染は超一流の女魔術師になって無双する
@takanori_yuichi
第1話 氷の国のかぐや姫
僕が4才の頃、たまたま左手で絵を描いてみたらすごく上手に描けた。絵を見た伯父さんたちが大騒ぎして、僕は大変な有名人になった。
有名な画家の生まれ変わりだとか、天才児だとか言われてテレビに出たし、海外の大学にも連れていかれたほどだ。
たくさん褒められて悪い気はしなかったけど、両親や友達と会えなくなって寂しかったこともよく覚えている。だけど不思議なことに、絵の才能は5才で消えた。
左手で絵を描いても、右手で描いた時と同じように、みんなが描くのと同じようにしか描けなくなっていた。
あれから10年。僕は普通の15才になり、今は高校受験を控えている。体調さえ崩さなければ志望校に合格できるはずだ。準備はしっかりとしてきたのだ。
このまま普通に高校生活を楽しんで、大学に行ってやりたいことを見つけて就職して、普通に生きていくのだ。
そのハズだったのに。僕は左手の甲に薄っすらと浮かぶ鍵のような形をした痣に目を落とした。
変な能力が発動したのはあの日だった。絵の才能が無くなった代わりに恐ろしいスキルを取得していたのだ。
7才の誕生日、僕は大好きだった女の子と公園で遊んでいた。面影が頭に浮かぶ。少女の名はヨナ。ふとしたことから喧嘩になって、いじけた僕は砂場に彼女の悪口を書いた。
たった一言。「ヨナ あっちいけ」と。
書き終えた瞬間、僕の左手は炎に包まれた。
熱さも痛みも、驚きもなかった。夢だと分かっているような感覚だったからだ。炎は空高くまで燃え上がり、火柱が渦を巻いた。
ヨナの悲鳴が聞こえて咄嗟に炎を振り払うと、炎は僕を離れて空を暴れ回った。そして、ゆっくりと目の前に降りて来て形を変えた。
地獄の門。あれは、まさしく地獄の門の形だった。
轟々と唸りながら扉が開き、奥には真っ暗な闇。必死に助けを求めるヨナ。闇はヨナを吸い込み、僕はヨナを追いかけた。
おもいきり手を伸ばしたけど全然届かなかった。
ガチャンという鍵がかかる音がして、コンピューターのコンセントを抜いたときのように、ヨナの悲鳴は地獄の門とともに消え去った。
そして僕は左手に激痛が走り、気を失った。
目が覚めた時、痛みはきれいさっぱり消えていた。左手の甲には鍵のような形をした痣が残っていた。
「たぶん、あれは夢だ」と思っていたのに、一週間くらい過ぎて衝撃的なことがわかった。
ヨナがどこにもいなかったのだ。ヨナのお父さんも、お母さんもヨナのことを覚えていない。ヨナはこの世に生まれていないことになっていた。
僕が砂場に書いた言葉は「ヨナ あっちいけ」
「あっち」とは地獄のことだ。そう念じて書いたと思う。
地獄の門を通って、ヨナはあっちにいったのだ。こんなことを誰かに話しても、頭がおかしくなったって言われるから誰にも言わなかった。
だって、僕の周りの人みんながヨナを知らなかったのだから。
しばらくは毎日泣いていたと思う。でも、よく覚えていない。僕はいつの頃からか元気になっていて、ヨナのことなんか完全に忘れていた。地獄送りにした幼なじみのことを。
彼女が再び僕の前に現れるまで、ずっと忘れていたのだ。
たまにボンヤリと思い出すことはあったけれど、現実だったのか幻想だったのか、あやふやだったから深く考えることはなかった。
携帯の着信音が鳴り、届いたメッセージに目を通す。彼女からのメッセージはこうだ。
― 約束、守ってね
あれは先週の日曜日。午前中はずっと勉強していたので、一息つくために近所の神社へ初詣に行ったときのことだ。
参拝客で賑わう大通りを歩いていると、誠心学園高校の制服を着た女子高生を見かけた。誠心学園は僕の志望校なので、つい後ろ姿を目で追いかけた。
タコ焼き屋の前で彼女はこちらを振り向いた。長い黒髪が真冬の太陽に照らされて、キラキラと輝いて見える。細く長い手足にバランスの整った顔立ち。切れ長の眼に長いまつげ。
天から舞い降りた『氷の国のかぐや姫』の如き冷ややかで美しい姿は、僕を一瞬にして氷漬けにした。
ふと我に返ると、制服を着たかぐや姫はタコ焼きを買っていた。僕は笑いが込みあげてきた。素敵な人だなあ。エネルギーもらったかも。
「頑張って合格します。待っていてください、先輩!」などと心の中でつぶやいた。
すると突然、後ろから声がかかった。
「ナタ、ひとり?」
振り返るとよく見る顔がみっつ。小学校からの友人だった。
学級委員長のカナコ、サッカー部のシュンスケ、実家が寿司屋のトオル。進路が決まって暇を持てあましている友人たちに、僕は抗議した。
「ほうほう、そろって初詣ですか。俺にも連絡くれれば良かったのに。仲間外れかよ」
カナコが少しばかり怪訝な顔をして言った。
「誘ったじゃん。行かないっていったのはあんたでしょ?」
受験勉強に疲れた僕にとって、友人と会うのは癒しなのだ。だが、身に覚えのないことで責められる筋合いはない。
「言ってないよ。いつだよ?」
僕がそう言うと、寿司屋のトオルが「昨日さあ」といって慣れない手つきで携帯を操作して、履歴を見せてきた。
「え? なにこれ。俺、送ってないよ」
「はあ? そういうこと言うんだナタ。なんかムカツク」
カナコはタヌキ顔の可愛らしい顔を歪め、眉間に深いシワを寄せた。彼女はキレやすいのだ。
「まあ、いいじゃない。カナコ、受験前でこいつも疲れているから。許してやろうよ」
平和主義者のトオルがカナコをなだめる。カナコはため息をつき、少ししてから眉間のしわを緩めた。
「しょうがない。受験前だから許してやる。どうする、一緒にファミレスいく?」
そう言ってカナコは、大混雑のファミリーレストランを指差した。
「俺は遠慮するよ。ごめん、帰って勉強する」
「そっか、分かった。受験勉強頑張ってね。絶対合格よ。また学校で」
シュンスケとも軽く挨拶をかわし、僕は足早にその場を去った。
帰りみち、携帯の履歴を確認した。すると、送っていないはずのメッセージが送信されていたのだ。全く覚えがない。まさか乗っ取り被害にあったのだろうか。
家に帰ってきてからも変なことばかりが続いた。悪戯じみた些細なことばかりだけど。
飲みかけのペットボトルが空になっていたり、アイスが勝手に食べられていたり、アニメの録画予約がキャンセルされていたり、大切なCDが床に放置されていたり、エトセトラ。
しかしこの悪戯は洒落にならない。
「受験票が無い!」
確かに机の上に置いてあったはずだ。午前中にはここにあったのだ。間違いない。机の下もベッドもくまなく探したのに見当たらない。
「まずい、これはまずいぞ。試験は来週なのに!」
僕は今日の行動を思い返してみた。受験票を紛失するようなことはしていない!
突然、部屋の照明が消えた。停電か? 真っ暗で何も見えない。が、目の前に・・・。
― 誰かいる!
恐怖のあまり悲鳴がでない。体も動かない! いや違う。僕は金縛りにあっているのだ。 暗がりに目が慣れて、目の前に立つ誰かの輪郭が浮かび上がってきた。
それは制服姿の女子高生だった。「女子高生?」とつぶやいた瞬間である。
― パ―――ンッ!!
強烈な平手打ちをくらった! 「え―――!?」痛い!わずかに意識が飛んだ。
勢いで机に腰を強打し、痛みで床に突っ伏した時、金縛りが解けていることに気がついた。そして、痛みをこらえて立ち上がった。
「なななな、何すんだ!!」
僕は大声で威嚇したつもりだったけど、恐怖のあまり、声が裏返ってしまった。
「はあ?」
何者かの声が聞こえたと同時に照明がついた。
そこには、さっきの『かぐや姫』が立っていた。神社で見かけたあの綺麗な人が目の前に立っているではないか!
なぜ僕にビンタを? かぐや姫は冷たく鋭い目で僕をにらみつけてくる。何が何だかわからず呆然としていると、彼女はゆっくりと深呼吸して口を開いた。
「あたしが誰だか覚えてる? ナタ。あんたがあたしに何をしたか忘れてない? ナタ」
― ナタ
イントネーションを前に置いたその発音は、すごく懐かしい響きだった。小さい頃、いつも一緒にいたあの女の子だけが、僕をそう呼んだ。
その発音を頭の中で繰り返す。何度も繰り返すうちに、女の子との思い出が鮮明になっていった。そして目の前のかぐや姫と重なった。
「思い出せない? お互い大きくなったものね」
再び声を聴いた時、僕は声が出せなくなっていた。
― 生きてたんだ!
「あんたに会いに来た理由分かるでしょ」
僕は口をパクパクさせて、必死で声を振り絞った。
「ヨ・・・ヨナ、生きてたんだ!」
それが精一杯だった。いまにも心臓が飛び出しそうだ。生きていて本当に良かった・・・。鼻の辺りがツンとする。
ヨナはかるく頭を振って腕組みをし、呆れ顔をして言った。
「泣くなっつうの。ホント変わってないね、ナタ。だらしないわねー。男の子なのに」
綺麗な二重まぶたの冷ややかな目。だけどさっきより、目の端が少しだけ緩んでいるかもしれない。
「ごめん!」
僕はおもいきり頭を下げた。
「本当にごめん! 僕のせいで!」
ヨナがまた深いため息をつく。
沈黙の間、目覚まし時計の秒針を刻む音が、はっきりと聞こえていた。
「まあ、いいわ。反省してるようだし。ビンタでおあいこ。許してあげる。その代わり・・・」
そう言って、ヨナはポケットから生徒手帳をとりだした。手帳にはこう書かれていた。
― 誠心学園高校 1年A組 二階堂 夜名
地獄送りにした幼馴染は超一流の女魔術師になって無双する @takanori_yuichi
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