第五百四十三話 処罰

五泉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「莫迦者!」


 又三郎の頬をグーで殴る。


「兄上……」


「調練ではなかったのか!何故調練があのような戦になるというのだ!」


 長尾は川を渡ろうとしたがこちらの銃砲撃を受けて渡河ができなかったこと、一部渡河成功したものは塚原ら抜刀隊により斬り伏せられ、そして俺の本隊が会津に到着したことを受けて攻撃を止め、三条城に下がって迎撃準備を構築しているという。


「虚を突いてやれば長尾の影響を削げるかと」


「その考え方は間違ってはおらぬが、それが通用する相手か考えられぬのか。守綱叔父上(兵学校校長)は兵学校で一体どういう教えをなさっているのか」


 ため息しか出ぬわ。


「又三郎への正式な沙汰は越後が落ち着いて遠野に帰ってからだが、又三郎は先に帰郷し俺が帰るまで蟄居せい。大江の家督はお前の庶兄、法華院光栄に継がせ、大江太郎四郎は誑かした罪により引き回しの上、打ち首獄門に致す。なお今後大江は家名を寒河江と名乗り、大江を名乗ることは許さん」


 又三郎は青ざめうなだれる。大江太郎四郎はなにか言おうとしているが轡をはめられているのでよくわからない。


 そして庶兄である法華院光栄改め、寒河江広光が平伏する。ちょっと口の端を上げているのはまあ見なかったことにしよう。


「それと太郎四郎めは勝てば良いと言って誑かしたそうだ。しかしだたとえ勝っても勝手戦をするようなやつに軍を任せられぬ。皆も心せよ、独断で兵を動かした場合はたとえ勝ち戦であっても罰すると。これから更に厳しくなる戦において、勝手戦は味方の足を引っ張る悪しきことと心せよ!」


 軍と政の分離を徹底させなかったのも今回の一因か。家族とは言え気を許しすぎたな。もちろん戦場での臨機応変は必要だが戦略レベルで勝手をされては勝てる戦も勝てなくなる。


 しかし又三郎めは功名心に逸りそんなこともわからなかったか、まだ一軍を任せられるというのは買い被りが過ぎたか。


「新兵衛はよう守ってくれた」


「いえ、当然のことでございます」


 とは言え矢傷まで受けさせてしまったわけだからなにもやらぬ訳にはいかん。


「今後越後の管理は新兵衛、お前にやってもらいたい」


 又三郎には任せられぬなら腹心である来内新兵衛に任せるしか在るまい。


「それから清次郎、お前は新兵衛の副官として越後方面の軍を任せる。ただし動かす際には必ず新兵衛の許可を得ること。よいな」


「有り難く存じます。お役目、立派に果たして見せましょう」


「そして(久慈)佐兵衛、お前も新兵衛の副官としてここに残れ。主に政の面で新兵衛を支えろ。勿論必要時には将として働いて貰うがな」


「はは、恥じぬ働きをして御覧に入れまする」


「そして(工藤)権太、お主には警護局越後支部長をと言いたいが、まずは又三郎を遠野に送り届けてほしい。父上や母上が面会或いは赦すよう言ってくるだろうが聞かなくて良い」


「は、はは」


 誰にも会えないようにする罰だから誰かと会わせるわけにはいかんからな。


「揚北衆は此度は愚弟が迷惑をかけた。各家にはそれぞれ見舞いを送る。揚北の各村にも通達せよ、今年の年貢は半額と致すと」


 勝手戦で負け戦だからな、せめてこれくらいしてやらねば揚北衆も納得せぬだろう。


「抜刀隊もよう手伝ってくれた。後ほど褒美をとらす」


 鍛錬と称して延々と強行軍で助けてくれた抜刀隊も褒美をやらねばならんな。


「太郎四郎の首はせめてもの情けで俺が直々にとってやる。身を清め城の周りを回ってこい」


 城内の井戸の水で身を清めて死に装束を纏って馬に乗せられ引き回るわけだ。


「梟首ですか、致し方ありませぬかな」


「新兵衛、秩序を保つためにはこういうことも見せしめとして必要になる」


「それはそうでしょうが、なにも殿の手を汚さずとも」


「だからこそよ。俺が直々に手を下すという事でどれだけ重大なことかと認識させられるのだ」


「そういうものですかね?」


「そういうものだよ。それでだ、長尾も我らも互いにここまで兵を動かしては退くに退けぬ状況となってしまった。まだその時では無いというに迷惑な事だ」


 にらみ合いになってしまい、ここで兵を引き上げれば攻め入られるので互いに動けない状態となってしまったわけだ。しかし向こうは徴兵しているわけだからまもなく始まる田植えが出来なければ士気が下がり、足軽の中には脱柵してしまうものも居るだろうからそれまでに一度会戦することになるだろう。


「向こうも必死だ。此度の戦で負ければ長尾はその権勢も喪うことになるかもしれん。早々楽には勝たせてくれぬだろう」


 いつも戦は楽では無いが戦上手相手だといつも以上に苦しい。特に向こうはここで負ければ越後国府あたり以外を手放さざるを得なくなるだろうから死に物狂いとなるかもしれない。


 せめてもの嫌がらせはしておく必要がありそうだ。


「塚原、抜刀隊を率いて三条城周辺を荒らしてきてくれんか」


「趣味では御座いませぬが、致し方在りませぬな。なにも斬らなくてもよう御座いましょう?」


「そこは任せる。騎馬よりも小回りがきき、槍よりも隠密に長ける貴様等の働きを期待している。が、貴様等は替えが効かぬ故死なぬようにな」


「ほほほ、そう言われては頑張らざるを得ませぬな。では新當流兵術の神髄を少しばかりお見せせねばなりませぬな」


 そう言って上機嫌に卜伝が出て行く。


 それとは別に保安局の上遠野らにも後方撹乱を指示して前哨戦を始める。


 その後、日が傾いてきたところで引き回しを終えた太郎四郎が白洲に座る。


「覚悟は付いたか」


「はっ、此度は大変なご迷惑をおかけ致しました。この首でどうぞお許し賜りたく」


「うむ。あと言い残すことはないか」


「御座いませぬ」


「そうか。ではその首もらい受ける」


 ヒュッ!と刀が空気を切り、そして太郎四郎の首も斬り飛ばす。

 

「この乱れた世をただすには秩序が必要である。何人も秩序を乱すことは赦さぬ。乱した場合は其の大小に応じて此度の通り斬首となることもある故、肝に銘じよ」


 そして罪状を高札に掲げ大手門の傍にさらされることとなる。

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