第五百四十二話 新津の戦い

新津城 阿曽沼又三郎


 演習と見せかけて越後攻略を開始した。敵はあらかじめ出していた通知を受け、実際に最初の十日間は補給の手順なども含めて訓練を繰り返していた。そのためある程度戦仕度をしていたようだが、いずれも小規模なものへとなり本格的な戦仕度は出来ていなかったからか、演習していた場所からほど近い場所にある新津城は三日で落城した。


「又三郎様!今からでも遅くはありません!独断専行はやめて直ぐに兵を引き上げるべきです!少なくともこれ以上進軍すべきではありません!」


「何を言うか清次郎、俺の助言により又三郎様が軍功を上げたではないか。越後守護代も対応出来ぬうちに越後での地保を固めるべきであろう」


 そして侵攻を後押しする大江太郎四郎と侵攻に対して当初から反対する浜田清次郎やそれを支持する久慈佐兵衛と工藤権太が口論になっている。


「それにそんなに反対するなら清次郎、お前の兵だけ下げれば良かろう」


「莫迦をいうな太郎四郎。その様に軍を割いては又三郎様がより危険になるから付いているだけだ。いいか、相手はあの長尾守護代ぞ。御屋形様でも入念な仕度をせねば戦えぬ相手を俺たちだけで勝つなどとどうして思うのか」


 緒戦の勝利に浮かれて兵達の士気は高く、又三郎と太郎四郎はこの勝利によっていた。しかし浜田清次郎は当初から反対していたお陰で新津城より先には進撃するかについて紛糾したところに敵の大軍が見えると報せを受ける。


「長尾がもう来たのか!?」


 これほど早く対応されるとは思っていなかった又三郎と太郎四郎は動揺を隠せない。


「だから言ったのです!又三郎様、ここは俺が守りますので早く五泉にお逃げください。(工藤)権太、又三郎様の御身は任せる」


「おい、清次郎、おれもいくぞ。又三郎様は撤退のお支度を」


 そう言うと清次郎と久慈佐兵衛が飛び出していく。


「な、なに、清次郎めは臆病風に吹かれておるのでしょう。城攻めは三倍の兵が必要と言い……」


「黙れ!向こうは百戦錬磨の越後守護代とその兵ぞ。又三郎様を誑かし、俺たちを騙して準備もろくに出来ておらぬのに兵を出させやがって。生きて五泉に帰れたらお前のその首切り落としてくれる」


 権太が太郎四郎を怒鳴りつけたついでに思い切り当て身を入れて太郎四郎を縄につけていく。


「おい権太!何のつもりだ!」


「黙れ痴れ者が!ここで斬られないだけ有り難く思え!最初は敵の攻撃と思って素直に聞いていたが、あまりに敵影がないのでおかしいと思って清次郎に問うてみればお前の献策だそうじゃないか。このような事態になってはここで死なすなどと言う甘えは許さん。又三郎様もさっさと身支度為されよ!」


「わ、わかった」


 権太の剣幕に圧されたその時、長尾が城に取り付いたようで城内が騒がしくなる。既に日が傾いてきたので一旦長尾の攻撃は中断されたが、翌朝には此方を攻撃して来るようだ。


 そして敵はどうやら一万ほどだと物見が伝えに来ると、又三郎は長尾守護代の笑い声が聞こえたような気がした。


「まるでこの機を待っていたかのような」


「又三郎様、何をぼさっとしているのです。この痴れ者と同じく死なれては困るのです」


「権太、お前は俺の……」


「又三郎様の臣である以前に阿曽沼の臣で御座います故、たとえ又三郎様と言えどこれ以上駄々を捏ねるならお覚悟なされよ」


 学校時代からの仲であり半ば近習のようになっている工藤権太ではあるが、指揮系統では警保局の所属になっていることから直接的には主人公の部下に当たる。


「俺では兄上のようにはやれぬのか」


「又三郎様はもう少し腰を据えた戦ができるようになればよう御座いましょう。逃げるのは闇に紛れてとかんがえております。私と警保局のものが護衛を、保安局のものが道案内いたします」


 しかし夜になる頃には城は取り囲まれ脱出もままならなくなる。さらに交代しながら夜通し攻撃を仕掛けてくることで将兵の疲労が溜まっていく。


「もはやおいそれと逃げることもできませんな」


 道を確保しようとした保安局であったが、向こうも夜盗組という忍び集団を出してきたため逃げ道の確保も難しくなってしまったことで工藤権太が嘆息しながら告げてくる。


「いやはや長尾守護代の動きはなんとも鮮やかですな」


 清次郎が報告がてらそう言うと、又三郎や太郎四郎は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「どれほど保つか?」


「まあ十日はなんとかもたせてみせますよ。しかしそれ以上は難しいでしょうか」


 できる範囲で兵らを休ませているが、敵のほうが余裕があるため此方への圧力が常にかかりしっかりとした休息というほどでは取れそうにない。


 援軍を期待するもののしかし、遠野から百里の距離があるためよほどの強行軍であってもすぐには到達し得ない。その清次郎の言葉に又三郎が肩を落とすが、俄に敵陣が騒がしくなる。


「どうした!?」


「ら、来内新兵衛様の軍が来られたようでございます!」


 阿賀野川には阿曽沼の旗印と来内の旗印が掲げられた船が多数浮かんでいる。


「誠か!よし全将兵を集めよ、此の機に乗じて新津城を脱出する。大砲は一斉射した後に破壊する!殿は俺が務める」

 

 大砲を東側の敵に向け直して斉射を行い敵が混乱したのを確認すると、搦手を開けて久慈佐兵衛が一番槍で飛び出し撤退路をこじ開けていく。その後ろを工藤権太が又三郎と太郎四郎を連れて、最後に浜田清次郎が殿を務めながら脱出に成功する。


 そして敵が使えないように新津城に火を放つと泥が詰められた大砲が腔発する音をだしながら城が朱々と染まり、しかし敵の追撃は変わらず激しい。


 とはいえ来内新兵衛はこちらの動きを察知して手薄な部分に突撃を駆けて撤退路を文字通り切り開いて、城兵と合流を果たす。


「新兵衛様!」


「清次郎か!無事で何より!」


「又三郎様はご無事でしょうか?」


「うむ、一足先に舟橋を渡って揚北に逃れた」


 いつの間にやら船に板が乗せられ舟橋になっている。そこを兵らが撤退していくのが見える。


「ありがとうございます」


「ようやったな、と褒めてやりたいがまだ終わっておらぬ。お前もはよう渡れ」


 軍船や商船を使って本隊より一足早く越後に到着した新兵衛であるが、救援により清次郎の気が弱冠緩むのをたしなめる。しかしその時に敵の矢が飛んできて新兵衛の右大腿に刺さる。


「くそ!折角傷が治ったばかりだってのによ!」


 新兵衛が毒づくも清次郎に肩を借りて舟橋をわたりつつ、船を燃やして敵の追撃を断念させつつ五泉へと撤退した。

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