第五百四十一話 独断専行
安田城 阿曽沼又三郎
今年は守護代を討たない方針だと聞いたがまどろっこしい。
「兄上は何故慎重なのだ?当家であればもはや長尾越後守護代と言えど怖くはなかろう」
「補給を一番に考えて居られるようですが」
「補給は確かに重要だが、そんな物はあとからどうとでもなろうに。何のための海軍と遠野商会の商船隊か」
すでに揚北衆は制圧した。最後まで抵抗した色部も高田に逃げていったのだからもはや後背は盤石。此の勢いに乗って攻め入るべきではないかと思うのだが。
「そうは言いますが軍を動かすには評定を経てお館様の裁可を頂かなければ」
「理解っている。兄上の御裁可なくば軍を動かせぬことも理解っておる」
「くれぐれも早まらぬようお願い申し上げます」
そう言いおいて清次郎が部屋を出ていく。
「又三郎様、動かぬのですか?」
大江太郎四郎が聞いてくる。
「さっきも聞いただろう。兄上の許可なくば勝手に侵攻できん」
「そうはおっしゃいますが、要は勝てば良いのです」
「なにが言いたい」
「ですから守り戦や調練であれば動かせるわけですから」
「そう見せかけて軍を動かすというのか?」
「そのとおりでございます」
「何を莫迦なことを。そんなことをすれば例え俺でも首が飛ぶぞ」
「さっきも言いました通り、勝てば良いのです」
勝てばお咎めなしであろうという大江太郎四郎の言うことも強ち間違いではないだろう。が兄上がそこまで甘いかどうかがわからない。家族として話をする分にはもちろん甘いところも多いが、俺にも目付けを送り込むくらいだから下手なことをすれば首は飛ばなくてもどうなるかわからない。しかし太郎四郎の言うことも分かる。分かるんだよなぁ。
「もし仮に、あくまでも仮の話としてだが、俺が今侵攻を指示したらどれくらい動かせるか?」
「調練と言って動かせばよいので、こちらにいま置かれている二千の兵に揚北衆から徴発する兵を合わせれば三千近くにはなるかと」
「補給はどうする」
「それも海軍との連携を確認するという名目で補給を受けるようにすればよいのです」
「なるほどな。確かにそれなら軍を動かすこともできるか。しかし侵攻してしまえば流石に隠せないぞ」
そうなれば流石に軍も動かぬだろう。
「あとは敵に扮した者に矢の一本でも射たせれば攻め入られたと言うこともできるでしょう」
「なるほどな!随分と悪知恵が働くじゃないか」
確かに攻撃を受けたという口実さえ得れば軍を動かせる。あとは足元が揺らいでいる長尾守護代だから勝ちを得るのは難しくなかろう。
「よし、それでいこう。兄上には揚北衆との連携のため調練を行うと文を出す」
◇
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
「又三郎が揚北衆と合同で調練を行うと言ってきておる」
「揚北衆を抑えましたからな。ここで誼を深めるという意味で良いことだと思います」
又三郎から送られてきた文を読みながら評定を行う。
「無論異議はないが、折角なのだからもう少し兵を送って調練の規模を大きくしてもよかろう」
「それは確かに。こちらに着いたとは言えいつ寝返るかわからぬ揚北衆や他の越後勢への牽制や脅しにもなりますな」
「そういうことだ。ということですでに海軍と遠野商会に物資を運ばせておる。あとは陸軍の派遣であるが」
「そういうことでしたら某にお任せを」
と来内新兵衛が立候補する。
「傷は良いのか?」
「もちろんでございます。むしろここで使わねば尻に根っこが生えてしまいます」
「そういうことであれば新兵衛、調練に付き合ってやってくれ」
「御意に」
「物資輸送に出た船が戻ってきたら順次送り出す」
上機嫌で越後演習に新兵衛と千の兵を送り出した数日後、早馬がやってきた。
「一体どうした?」
「そ、それが又三郎様が阿賀野川を渡って守護代に攻め入ったと!」
「何だと!どういうことか!演習ではないのか!」
なんでも演習中に敵の妨害を受けたので川を渡って越後中部を侵攻していると来た。
「浜田清次郎様は引留されたようですが、大江太郎四郎の助言を受け兵を動かしたようです」
「その妨害とやらはなんだ」
又三郎!なぜそんな早まったことをした!しかし頭に血が上っていては判断に支障が出る。深呼吸で怒りを吐き出し、少し気持ちを落ち着ける。
「は、なんでも夜闇に紛れて矢が飛んできたと」
「それだけか?」
「それだけでございます」
「はぁぁ。敵の本陣などは見えたのか?」
「越後全体に通知をしておりましたので見物などはおりましたが、いずれも小規模なものでございました」
「相手は越後守護代ぞ。緒戦は勝てても舐めて勝てるようなやつではないというに。たとえ勝ててもけじめは必要だ。大江の庶兄、法華院光栄に還俗し越後に来るよう伝えよ」
続けて急だが陸軍一万をまず会津に集めるよう通達をいれ、一万で関東や信州方面の警備に充て五千は戦略予備として残留させる。
「海軍に通達、直江津の湊にありったけの砲弾を打ち込むことを許可すると」
焼け弾に跳弾で直江津は酷いことになりそうだがやむを得ん。
「殿、清次郎、いえ又三郎様はご無事なの?」
「なに清次郎は俺には及ばぬが、清之に扱かれてたのだし(塚原)新右衛門にも扱かれておったからあやつだけならなんとかなろう」
むしろ又三郎が危ないかもしれん。
「殿、少しよろしいですか?」
「新右衛門、どうした」
「この塚原、先に越後入りし、又三郎様をお支えしてこようかと」
「ふむ、たしかにいくら急いだとしても大軍を動かすのには日がかかるな。わかった。塚原は臨時抜刀隊隊長として先に越後入りをし、必要であれば又三郎を助けてやってくれ」
「は!では早速門徒と共に走って向かいましょう」
そう言うと本当に走って出ていく。もしかして越後まで走っていくのだろうか。
「他のものも早く出たいとは思う。俺もそうだからな。しかし支度がなければ大軍は動かんし、越後守護代相手に五月雨で軍を送っても却って損害が増える。皆は俺とともに越後に向かい、手柄を立ててくれ」
そう言うとみな一目散に仕度に入った。
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