享禄2年(1529年)

第五百四十話 側室

鍋倉城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷


 年が明けてしばらくすると上方では細川高国が居なくなったことで細川晴元が京兆家となる芽が出たからか、交渉が始まったと知らせが入る。


「道永(細川高国)、上方にはもう帰らぬのか?」


 評定の合間に茶をすすりながら道永に話をふる。


「管領をほっぽり出した拙僧に、もはや居場所は御座いませんよ」


「それはそうかも知れぬが」


「それに先年の交渉行脚も上手く纏められず、もはや拙僧に出来ることはそう多くは御座いませぬ」


「とは言うが、管領をしていたお主の経験は当家でも有用であるぞ」


「そう仰っていただくのは有り難いのですが、陸奥殿の官職は見たことも聞いたことも無いものでございます故、なんともかんとも」


 当家では官僚機構として、現在は軍務省と保安局や警務局を纏める内務省、建設省は商工鉱業と街道や港湾整備などを纏める商工務省へと変更し、そして農林水産と裁判各種と教育を担当する民部省、そして出納を管理する会計省が置かれている。


 地方までは手が回っていないので、郡代に一任し時折監査役を送り込んで監督する。それにしても国を創るというのは思っていたよりも難しいな。道路も無い、鉄道も無い、前世と較べたら貧弱な港と無に等しい通信技術。幸いまだ欧州の脅威が弱い時代なので時間はあるが、本当に戦乱を無くすことが出来るのだろうか。秀吉と家康すごすぎん?


「それでも道永、お主には文官として頑張って貰うぞ」


「はは、粉骨砕身お仕え申し上げます」


 道永は上方での管領争いを投げてきたからかすっかり憑き物が落ち、熱心に政務を手伝ってくれる。当家でも育ててはいるが中央での政務経験のある道永の助言はありがたい。


 生き延びている一族を保安局と遠野商会とで上方からこの遠野に連れて来たこともあって忠節を誓ってくれている。娘が二人に息子が三人に孫の小六丸(細川頼国)も一緒だ。なお正室と嫡男の細川稙国はすでに病死してしまったという。


「それで誠に身勝手ながら、某の忠節の証としまして娘のどちらかを殿の側室に入れていただきたく」


 そう来たか。


「確かに阿曽沼は大きくなられましたが、御一門があまりに貧弱にございます。殿の居られる間はようございましょうが、その後を考えますと男子をもう数人、そして娘子を有力な家臣らに与えることが必要でございます」


 前世であれば色々問題発言となるが、この時代なら正論だ。


「それは確かにそうであるな。しかしまだ雪も藤子も産める歳であるからな」


「北の方(雪のこと)は確かに心身ともに御健勝でございますからあと一人は産めましょう。しかし近衛殿(藤子のこと)は大丸様をお産みになられたときにかなりやつれられたと聞き及んでおります故、次に子を成すのは些か難しいかと」


 確かに、雪も此の時代だとすでに高齢出産の域に突入したしな。口にしたらしばかれるので言葉にはしないが。藤子は確かに前回の事があるから次に産むときはかなりハイリスクなんじゃないかと心配になる。そう思うと側室を迎えるのは理にかなっているか。没落したとは言え元管領の娘であれば格も申し分ないだろうし。


「意義なぁあし!」


「側室はようございますが、そうであれば我が娘も!」


 などなどいろいろ聞こえてくる。そりゃまあ子供が多くて困ることはあまりないし、側室でも突っ込めれば準一門になるし、俺の側室を送り込めなくても息子に女を贈る、あるいは娘を迎え入れることができれば家臣の中でも大いに箔が付くか。であればこれも仕事と割り切って迎え入れるべきかもしれぬな。


「雪、かまわんか?」


「前にも言ったとおりよ。それはそうと後でお話があります」


「……はい」


 とってもいい笑顔であとが怖い。側室を迎えること自体に反対ではないのは以前聞いているがな。


 そして雪の雰囲気に飲まれるように皆が静まる。


「ちなみに道永、お前の娘とはいくつなのだ?」


「上が十八、下が十六でございますな」


 なるほど、年頃だな。


「では上の娘を側室に迎えよう。下の娘はいい相手を見つけてやらねばな」


「無理をお聞き入れいただき、ありがたく存じます」


 俺も鞠をそろそろ送り出さねばならんがどうするか。弥太郎の息子鉄郎にどうか聞いてみるか。


「さて他のものもそうだな、近年中に越後を攻め入る。そこで最も功を上げたものの娘を側室に迎え入れよう」


 俺の言葉に皆が沸き立つ。今年は上田での物資備蓄や街道整備などを進めたい。その後に上田から北信濃に、沼田から越後南部に、五泉から越後中部へと侵攻し可能であれば高田まで追い詰めたいところだ。


「いつでも出陣できるよう、各々おのおの一層鍛錬に励めよ」


 その後雪から老けて見えるのかとこんこんと問われ続け、以前似たような事を自分で言ったじゃないかと火に油を注ぎ、しばらく口を聞いてもらえずご機嫌取りに苦労したのは内緒のはずだが、なぜかそんな絵草紙が世に出回っていた。


 そして藤子にも評定の内容が伝わり、身を案じてくれるのは嬉しいがと言いつつ襲われたのはきっと夢だったのだろう。

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