第五百三十八話 匪賊の害

浦塩(ルースキー島) 浦塩領事斯波詮貞


 明の商人が持ってきた火籠箭なるものを持ってきた。なんでも火矢をまとめて飛ばす籠だそうだ。その火矢は殿が作ったという棒火矢のようだが、こちらは火薬を使って飛んでいくもののようだ。


「これはこれで面白いな」


「少し我らでも作ってみましょうか」


「そうだなと言いたいが、火薬を自由に使えぬ」


 此の浦塩に駐留する兵こそ千を超えるが直接の指揮権はないし、下手に火薬を扱うこともできぬ。


「明から買えばようございましょう」


「確かに交易に関しては俺に指示権があるからある程度は買うことはできるが、査察官が遠野から来ておるからな」


 俺が持っている鉄砲に使う以上の火薬を買い込んで、遠野に報告されてしまってはどうにもならん。全くもどかしい。


「ところで米の出来はどうだ?今年はできそうか?」


 このまま考えていても良からぬ考えがもたげてくるだけなので話題を変える。


「冬の寒さは凍るほどのものではありますが、夏は暑くなりますので米ができそうではあったのですがやはり霧が多く……」


「やはり無理か」


 此の浦塩島はともかく川が流れ込むあたりは霧がよく出て、日が十分にささないので難しいか。


「あいえ、スイフン川(綏芬河)を遡ったところ、ふあだんほとん(現ウスリースク)なる土地であればなんとかなるかもしれませぬ」


「まことか!」


「ええ、あそこは広大な平原でございますし、川の近くであれば水もなんとかなりましょう。ただ水田をすぐに、とはなりませぬので春播きの麦と豆と始めております」


 あのあたりはそうだな、冬は川と海が凍り、春先には溶けた氷で水が溢れるが、そうかその後に麦や豆を撒いているのがよく育つというのだな。


「食い物を自ら作れるようになればだいぶ身軽になるな」


「いつまでも遠野の言いなりになっては居れませぬからな」


「そういうことだが、口外せぬようにな」


 どこに阿曽沼の耳があるか分かったものでは無いからな。

 それはそれとして少し遠出すれば高水寺などと比べ物にならぬほどの土地が広がっており、ここから明や朝鮮はもちろん、蒙古にまで手を伸ばせるかもしれない。あの広大な地をみれば公方だなんだと争っているのも馬鹿馬鹿しく思えてしまう。が、今は雌伏して力をためるときだろう。


 そう思っていた矢先に収穫前の麦畑が賊に襲われたと知らせが入る。


「賊とはなんだ!」


「それが、麦を刈っているところを見とがめ追いかけたのですが、馬の扱いに非常に長けており」


「みすみす逃したというのか!?」


「誠に申し訳ありませぬ」


「うぬぬ、女真めぇ!やむを得ん。遠野へ参勤し討伐の許しを乞うか」


 麦や豆の問題となれば遠野とて無碍には出来ぬだろう。


「ところで残りの麦や豆はどうなっている?まさか全て奪われたわけでは無かろう」


「残った分は既に刈り取っておりますが、未熟なものも多くあまり食いでがありませぬ」


「構わん。それを持って登城すれば説得力も増すであろうよ」


 クソッタレ!必ずやこの恨みを返してやる。

 ということで予定よりも早いが登城のため船に飛び乗り遠野へと向かう。


「なるほど、折角の畑も匪賊に奪われては意味が無いな」


「お恥ずかしながら賊を討つために兵をお借りしたく」


「そういうことであればわかった。今ある兵に加えて一千とあとはその広大な土地で耕したい者を送り込もう」


 一千か、多いとは言えないが訓練もされていない賊であればなんとかなるか。


「ご配慮賜り恐縮に御座います」


「気にするな。斯様に肥沃な地であれば手放すに惜しい。それはそれとしてだ、すまぬが他の者は部屋を出てくれぬか、少し込み入った話をせねばならぬ故」


 一体何事かと思いつつ、他の将等が出て行くのを見守る。

 その間に何故か殿が湯を沸かして煎茶というものを出してくる。


「いただきまする」


 何というかホッとするな。


「ところで込み入った話とは一体?」


「何、俺が保安局を抱えていることは知っておるな」


「勿論でございます。保安局の齎す知らせにより殿の覇業が順調に進んでいると」


 殿が少々苦笑いする。


「まあそうだな。概ね順調と言うところだな。戦をするにせよ防ぐにせよ報せを素早く手に入れる術が必要であるわけだ」


「承知しております」


 何が言いたいのだ。


「浦塩でお前が自由に兵を扱えず、しかし現地の民を纏めて何れ俺の手にかみつこうと企んでおるようだな?」


「そ、そんなこと、心にもありませぬ!」


 しまった。浦塩での(稲藤)大炊助との会話を聞かれていたか。油断した。


「いやいや男たる者それくらいの反骨心があってこそである故それ自体は構わん。だがだからこそ私兵を禁じるわけだ。わかるか?」


「どういう、事で御座いましょう」


 反骨心を持つのはいいのか。


「反骨心があることは良い、巧くすれば互いに高みに登るわけだからな。一方でそこで兵を勝手に動かせるようになれば、折角この戦ばかりの世を平定しようというものが逆戻りしてしまう故な」


「なるほど、日ノ本の中ではこれ以上の乱世をお望みにならぬと」


「そういうことだ。それに……」


 殿が少し言いよどむがそのまま首を振り何も無かったかのように茶を飲み干している。


「さて、まあそういうことだ。以前お前をそれなりに信用していると言ったな」


「はい。それは存じております」


「伊達或いは他の者だとお前のように相談に来る前に兵を勝手に動かしかねん。そうなると秩序もあったもんじゃなくなってしまう。しかしお前はそういう奴らと違ってまず相談というか報告を寄越してくれる。そう言う真面目なところを俺は評価している訳だ。これからも浦塩と女真の地を確り纏めてほしい」


 愚直というと笑う向きもあるがこうして褒めて頂けるのなら悪くはないな。我ながら此の程度の言葉で喜ぶのもどうかと思うが、もう少し浦塩で頑張るのも悪くはないか。

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