第五百三十六話 享禄へ
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
イグナチオを見送った後、しばらくすると今度は京から近衛尚通の息子である
それにしても春宮様は多分明治期以降の方だと思うんだが、元号は史実通り決めたようだ。あまり天皇だからといって元号を好き勝手決められるものでも無いようだ。
「それで大嘗祭の費えなどは如何なっておりましょう?」
「それがなかなか難しく……」
「やはりどこも出したがらないですか」
どこも戦続きで予算に余裕はないのだろうがなあ。という当家も余裕があるわけではないがそのための費用は必要経費だと思う。
「あまり当家ばかり出すのも良くはないでしょうが、そういう事情では致し方ありませんな」
明との交易用の銀をいくらかと私鋳した銭、そして五穀と酒に反物を送ることを確約する。
「それと私事で申し訳ありませんが、拙僧が勤める大覚寺にも幾ばくかで構いませぬ。支援を頂戴したく」
「一体どうなさったので?」
「実は……」
理由はよくわからないが公方の怒りを買って殿舎没収の沙汰を受け、さらには柳本賢治が兵を率いて堂舎を破却し、挙げ句の果てには木沢長政に火を放たれたらしい。
「なんと非道な。幕府はそのようなことまでしておるのですか」
大覚寺なんて皇室にも関係の深い名蹟のはずなのだが、これが此の時代ということか。どうせ燃やすなら山門を燃やしてくれればいいのにな。
「わかりました。大覚寺にも少なからず喜捨いたしましょう」
「ありがとうございます。父に相談して近衛少将様なら出してくれると聞いたとおりでした」
「む、准三宮様の?」
「はい。父は大嘗祭の費えのついでにねだってきたら良いと」
まあ確かにちょっと断りにくいな。しかしなんというかうん、今年の近衛への貢ぎ物は少し減らしておこう。
「代わりに官位の奏上をしておくと申しておりましたが」
「私はあまり官位に興味が御座いませんので」
「ですよね。一度も官位の希望がないと聞いておりましたのであまりそういったことに興味がないのかと」
官位の希望は清之が京で仕事するのに必要なので願い出たことはあるがそれくらいだな。もはや今の立場で官位は有っても無くても変わらないし。
「勿論、頂けるというのであれば断る理由は御座いませんが」
「無欲で御座いますね」
「官位の為に戦っているわけでは御座いませぬからな」
「なるほど。であれば合点もいきますな」
「それでですな、当家でもなんとか茶を作れぬかと思っておりまして比較的雪の少ない土地に茶を植えておりまして漸く今年、茶を摘むことが出来申した。宇治の茶には敵いませぬが折角ですので茶をお出ししましょう」
茶葉に関しては摘んで直ぐに蒸して発酵を止めいわゆる前世の緑茶に近い茶だ。
「茶と聞きましたので抹茶か団茶かと思いましたが、その青々した茶は一体?」
「これは緑茶というものでして、明ではこのような茶がありましたので手法をまねて作っております」
そう言って汲み置きの水を釜に入れて一度沸かして茶を淹れる。
「抹茶のような甘みは御座いませぬがコレはコレで善い物で御座いますよ」
前世で慣れた茶に近いので俺はこれがいいな。
「ほう、茶葉がそのまま入っているのですな。……なんというかずいぶんと美味い茶ですな」
「お口に合いましたら重畳でござる」
「良い茶で御座いました。出来れば作り方をお教え願いたいところですが」
「難しいですな」
「でしょうな」
遠からず広まるとはおもうけれど、これはこれで新たな商品になるので積極的に教えるというわけには今のところはならないな。
「いやしかし今回は大変有意義で御座いました。近衛少将様の上洛を一日千秋の思いで待つことになりそうです」
「急ぎたいところではありますが、何分遠いもので」
「では拙僧はこれにて」
「泊まって行かれぬのか?般若湯も御座いますぞ」
「ははは、拙僧は般若湯も山鯨も嗜みませぬ故」
「左様でございましたか。それは失礼した」
「いえ、嗜む者が多いのも事実で御座いますから」
「では豆料理を振る舞います故、今日は泊まって行かれればよう御座います。これから遠野を発っては山の中で夜を迎えまする」
「夜盗は少ないので御座いましょう?」
「代わりに狼が多いので」
「なるほど、ではお言葉に甘えましょう」
そう言って出てきたのは厚揚げや芋と大豆の昆布煮、青菜の白和えなどをだす。
「これは変わった芋ですな。小芋とはまた違った不思議な芋ですな。いや美味い」
じゃがいもを食べる義俊の受けは悪くないようだ。里芋(=小芋)も美味いがじゃがいもはまた味が違うし、どうやら里芋はこのあたりが北限のようで、収穫量が安定しないので今後はじゃがいも栽培に切り替えていくことになりそうだ。芋煮もじゃがいもになりそうだな。
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