第五百三十五話 肖像画

阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷


 那珂湊から大槌までの海、そして大槌に並んだ船を見て、武田太郎は終始はしゃいでおりそのたびに板垣信方がてんてこ舞いとなっていたため大槌に着いたときには板垣信方はすっかりぐったりしていた。


 大槌で船旅の疲れを落とし、遠野に入ると手押しの田植えが終わって青々とした田が広がる。


「何という整然と並んだ田で御座いましょう」


「何年もかけて少しずつやってきて漸くここまで出来たわけだ」


 それでも遠野盆地全体から見れば半分にも満たない田でしか圃場整備は済んでいない。蒸気式建設機械があってもなかなか進まんもんだね。治水と港湾に街道、そして侵攻拠点となる城の整備を優先しているのでやむを得ない部分ではあるけれど。


 圃場整備が終わったところでは重い蒸気式耕運機などの試験導入も始まり、魚肥等と相まって数世紀早い農業革命が起きそうだ。


「そしてあれが阿曽沼の城でございますか」


 武田太郎は漆喰で白く塗られた我らが城に感嘆を上げる。


「それにしてもあまり防御をお考えではないような町割りでございますな。要害はどちらに?」

 

「此の遠野全体が要害である」


 ということにしている。叛乱でもおきない限りは縦深のあるここまでたどり着けるわけでもないし。ここまで攻め込まれたときは大人しく運命を受け入れよう。


「ふぅむまあ確かにこの地形ではなかなか攻め込むのは難しそうではありますな」


 板垣信方は一応納得してくれたようだ。

 そのまま話をしつつ鍋倉城の城門をくぐり城に帰還する。


「お帰りなさいませ」


「おう、帰ったぞ!久しいな!」


 正月前から遠野を空けて、梅雨時期の此の時期となったので都合半年ほど出張していたわけだ。


「あら殿、その土産はなんですの?」


「これは武田の嫡男を貰い受けてきた」


「え!どういう事!?」


 武田の嫡男をもらってきたなどと言えば大体のものは驚くだろうが、雪はこいつが誰か知っているから余計に驚いている。


「そこはまた後々な。それよりも後で紗綾に合わせてやってくれないか」


「それは良いけど、どうしたの?」


「詩文などに興味があるようでな」


「ああなるほどね。そういうことなら学校に入れれば大宮様の手解きも受けられるんじゃない?」


 それはそれでもちろんやるんだが草紙の世界に落としてしまうのも良いんじゃないかと思うわけだよ。


「大宮様とは官務家でございましたか」


「今は官務は壬生家にまかせてこちらで史料を集めたり深く読み込んだりしておるよ」


 そして時々嗜みだということで俺も歌を詠むよう言われるのだが正直苦手だ。あとは蹴鞠にも参加させられるわけだがこれもなかなか難しい。文化的教養というものは俺にはちょっと難しいと思うが避けられないのがつらたん。


 そんなこんなで雑談しつつ宴の支度が為されていく。


「さて夕餉の前に首実検をするか」


「私は遠慮しておくわね」


 よくそんなの見て食事できるわねと捨て台詞を吐いて雪が部屋を出ていく。仕事だから好きも嫌いもないと思うんだがなあ。


「小弓公方はなんというか不運であったな。それでこれが藤王丸か」


 他にも安独斎宗調(上田朝直)や逃げ込まれて巻き込まれた末に討ち取られた足利基頼の首が並ぶ。まあ受け入れてしまったのだからこうなるのもやむを得まい。


 それはそうとして会ったことのある足利基頼はともかく、外交で会うことがなければこういう首にならぬと相手の顔を見ることもないというのも不便だな。毒沢次郎が嘘を付くとは考えにくいので藤王丸の首はおそらく本物だろうが、確認する手段がないのは困ってしまう。


 とりあえず首は下げて荼毘に付すよう伝える。また首を取った者にはそれぞれ賞与を与えることを伝え下がらせる。


「左近、一つ頼みがある」


「何でございましょうか」


「保安局に絵の上手いものは居らぬか?」


「おりますがそれが?」


「各国の武将らの人相を描いてきてほしいのだ。このままでは首が本物かわからんようになるでな」


 わからなくても適当に褒美を取らせるというのもあるんだが大将級となるとそうはいかぬからなあ。実は討ち取ったのが別人だったということもあるかも知れない。今も人相書きはあるんだがあまり写実的ではなくてよくわからんのでもう少し特徴を捉えた写実的な物が欲しい。


「なるほどそういうことで御座いますか。しかし生き写しのような絵で御座いますと難しいかも知れませぬがなんとかしてみましょう」


 そう言って左近が出て行く。


 絵師は土佐光茂がいるわけだ。あれは人物画が得意なようだが写実的かと言われるとどうなんだろうな。イスパニアの絵の描き方も習ってなんだか西洋画との折衷的な絵になってきてる。どうなっちまうんだろうな日本画の歴史。


 さらに日羅辞典が完成し聖書の日本語訳も概ね終わったという。


「(戸沢)飛騨守ようやってくれた。イグナチオも遠い異国の地で窮屈であっただろうがようやってくれた」


「とんでもございませン。こうして私もハポンのミナさんとお話出来るようになりました。それで、この地で神の教えを広めたいデスガ」


「ふむそうだなあ。このバイブルとやらを読んでからであるな」


 そう言うとのらりくらりと流そうとする俺の態度に、不満げなイグナチオが今度は教皇の正式な書類をとってくると言って次に南蛮船が入った際に帰国することとなった。

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