第五百三十四話 億土
箕輪城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷
上野まで戻ってくると丁度箕輪城が落城し、箕輪衆の残党討伐に戦況が移ったと守儀叔父上から聞かされる。
「それで其の童は隠し子か?いつの間にそんなものをもうけておったのだ」
「叔父上、そんな冗談が雪の耳に入っては俺の首が冷えまする」
物理的に冷えてしまうかもしれないから冗談でもそういうのはやめてほしいと切に願う。
「かっかっか!流石の神童も奥には敵わんか!」
「叔父上とて角館殿の尻に敷かれていると聞いておりますぞ」
「なに普段は尻に敷かれるくらいが丁度良いのよ。まあ冗談はそのくらいにしてだな、その武田の嫡男をどう使うのだ?」
「今は特にどう使うつもりも御座いませぬ。もし当人が何かやりたいというならばそれをさせても良いかと」
「ま、所詮
「口実など適当にでっち上げれば良いですからな」
「それはそうだな」
甲斐をとっても補給に使える街道は貧弱、近くに物資を備蓄する拠点もこれから整備をする段階で甲斐までとっても補給が続かないのでメリットがない。碓氷峠を越える街道の整備と佐久や上田の城を整備して漸く次の段階だな。海のない地域は攻めにくくって困るね。
長野
そして長野業正の敗退を受け、沼田勘解由左衛門尉とやらが臣従を申し出てきたのでそれを受け入れ古河城へ向う川船に乗り込む。
「これが蒸気ですか」
バシャバシャと音を立てる外輪を見て武田太郎と板垣信方らは感嘆を上げる。
「川用だからごく小さいがな」
「これで小さいのですか!」
等と言いながら初めての川下りに興奮気味の武田太郎の姿は年相応の子供といった感じで微笑ましいな。
古河で上陸し、そこからは陸行で水戸に向かう。ちょうど街道整備の蒸気とすれ違う。
「あれも蒸気ですか!?」
「これ太郎様、そのようにはしゃいではみっともないですぞ」
はしゃぐ武田太郎は傅親からたしなめるとちょっと気まずそうにする。
「そうだな。これくらいではしゃいでいては那珂湊に着いたら腰を抜かしてしまうかもしれんな」
水戸に到着するとすでに大槌に向かうための船が準備出来ていると報告が入る。
「海の船、でございますか」
「これはかなり小さい奴だな。俺たちが乗るものはこれよりもでかい故、浅い川には入れぬ。それに最新の最も大きな船はすでに北方航海に出てしまっている」
近海での慣熟航海を終えた鉄製艦に黒漆を塗った黒船だ。漆なので結構光って派手だと思うがそいつはアラスカに向けて得守率いる遠洋艦隊の旗艦として旅立っている。漆って波で剥げたりしないんだろうかね。
「北方とはなんで御座いましょうか?」
「北海道、おぬし等にわかりやすく言うなら蝦夷ヶ島よりも北の地に向かっていったのだ」
「蝦夷ヶ島よりも北に土地があるのですか!?」
「米も麦も取れぬが魚が豊富な土地だ。そこから東に行くと明にも劣らぬ広大な土地がある」
「そんな広い土地が……」
これには板垣信方も驚いている。
「望む者が居るならその土地を任せる事もあるだろうな」
望んでなかったかもしれんけど浦塩に送り込んだ斯波詮貞は向こうの先住民と仲良くなって正室を得た。お陰で向こうでの仕事も地に足が付いたというかそんな感じになった。向こうに大規模な兵は送れないが沿海州の各部族を上手く手懐けて、勢力を広げておるようだ。
何れ今の領事よりも良い処遇を奏上せねばならんというか、あんまり放っておくとそのうち独立しそうだし。大英帝国におけるオーストラリアやカナダみたいな立ち位置に出来れば良いんだけどね。
そういう意味でも戦国時代を早めに終わらせたいのだが、生産力が追いつかんのだよな。
「南にも広い土地があるのを確認しておる」
「南にもですか。この世はずいぶんと広いのですな」
「ああ、日ノ本の中で争っているのが莫迦らしくなる程度には広いな」
とは言えこの日本も狭いわけではないからなあ。なんというか長く地形が険しいので侵攻しにくいことこの上ない。
「殿、遅くなりまして申し訳御座いませぬ。おやそこに御座す童は弟御ですかな?」
話しているところで毒沢次郎が戻ってきた。
「残念だが弟ではない。武田の嫡男だ」
「ほぅ、ということは甲斐を手中に?」
「いやまだ時機ではないから今のところ武田に任せておる」
「甲斐の代わりに武田の嫡男ですか。今の当主は左京大夫殿でしたな。なるほど良い得物で御座いますな」
毒沢次郎は得心がいったとばかりに頷く。
「武蔵の方はどうであった?」
「は、最終的に伊勢と挟撃の形となり、江戸城の公方に助けを求めて逃れた藤王丸らのうち主だった者の腹を召させてきました」
「うん、ようやってくれた。首は遠野に戻ったら確認しよう。それで伊勢は?」
「後ほど落ち着き次第、殿に挨拶に参上すると申しておりました」
「ほう、新九郎は息災か」
「輿に乗って兵を率いておりましたが、かなり痩せておりましたな。しかしまだまだ覇気は衰えておらぬ様子で御座いました」
「そうか元気であったかそれは良かった。会えるのが楽しみだ」
行軍に付いていけぬか。しかしまだ気力は漲っておるというなら侮れぬな。
翌日那珂湊に停泊している蒸気船を見て武田太郎と板垣信方らの開いた口が塞がらぬと言った感じだ。
「ははは、驚いたか。この船は炭を焚いて進む」
既に出港準備は済ませており煙突から黒煙が上がっている。
あんまりぼけっとしているのでさっさと船に入るようケツを叩き、中に入れると片弦二十門の砲列甲板に腰を抜かしていた。
「も、もしかして父上はとんでもない家に刃向かおうとしているのではないか?」
「太郎様、爺も丁度同じ事を考えておりました」
甲斐の者らが腰を抜かしている事など関係なく汽笛が鳴り響き、大槌へと船が出る。
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