第五百三十話 甲斐へ
真田館 阿曽沼遠野太郎親郷
上田平と善光寺平(長野盆地)を分ける虚空蔵山に連なる連珠砦を攻略したと報告が入った。
「抑えたか」
「は、険しい山でしたので一気にとはいかず、じわじわとと言ったところではございましたがなんとかなりましてございます」
山城のため攻めにくくはあったがそれでも砥石城と飯綱城から狭い尾根筋を取り合う戦を行ってついに連珠砦を抑えることに成功した。
「真田十郎左衛門、よう道案内してくれた」
「もったいなき御言葉。当然のことをしたまでにございます」
「うむ。それでこの小県郡は其方に郡代を任す。連珠砦にいれる兵はいくらか残しておく」
これ以上の侵攻は碓氷峠などの街道整備を行い大井城と新しく作る上田城に備蓄が出来てからだ。
「百姓らを使わぬので?」
「百姓だと田畑に忙しいだろう。田植えや収穫の時期には戻りたいだろうしな。故に銭はかかるが当家では兵は兵として育てている。まだ練成の兵が足りぬから募兵もしているがな」
「遠野では将を育てる学校もあると聞いておりますが」
そういって十郎左衛門(真田綱吉)の背から声をかけるものがいる。
「こ、これ!近衛少将様に声を掛けるなど恐れ多いぞ!」
「よいよい。それで其方はなんと申す?」
「は、真田十郎左衛門が次弟、真田源太左衛門幸綱でございます」
聞けば十五歳だという。
「源太左衛門よ、其方は学校に入りたいのか?」
「は、真田の宗家は兄が居ります故、某は学校にて学を修めつつ身を立てたく。陸奥のものなら誰でも入れると聞いておりまする」
「確かに誰でも入ることは可能だ」
とはいえ百姓だけでなく流れ者などとも同じ扱いをされて心中穏やかではない奴らもいると聞いている。いずれ西南戦争みたいなことはあるかも知れんな。
「幾人か流れ者でありながら優秀な成績を修めているものもいる」
陸だと英機とかいう奴がそれだ。兵学校を出たので苗字を名乗るように伝えたところ何故か東條と名乗ったのでちょっと大丈夫なのこれという感じの陸軍将校が誕生した。牟田口とか石原とかでなくてよかったが、もしかしたらあのあたりもどこかに転生しているのだろうか。
海の方も五十六とかいう成績優秀者がいるという。此方も今年には卒業するが希望する苗字は高野で、多分関係ないと思うけどなんだか維持費だけで国が沈みそうなとんでもない艦隊を作りそうな名前だなと思う。
「流れ者でも学校に入れるのですか」
「無論だ」
真田等が驚いた風にいう。
「それを聞いておりますと羨ましい環境で御座いますなあ。この真田の地にも学校を作って良いでしょうか?」
「勿論だ。そこで優秀な者がいれば遠野の学校に推薦してくれ。優秀なればその郡にいくらか褒美も出すのでな」
「それは有り難く。では上田の城が出来ましたら学校も作ります」
それを伝えると練兵一千と警護局の者を幾人か残して信州から帰途につく。しかし再び碓氷峠に到達したところで武田の遣いが追いすがってきた。
「武田刑部大輔(信虎)が次弟、勝沼次郎五郎に御座います」
「刑部大輔の次弟とな。何用か」
「今川との戦の援軍を願いたく」
おっとなかなかどうして面の皮が厚いな。まあそうでもなければ甲斐を纏めるのも難しいか。
「当家と敵対していたのではないのか?」
「陸奥守様に一矢たりとも放っておりませぬ」
しれっと言い放つ様はある意味爽快だ。
「それもそうだな。それで其方等を助けて欲しいとな」
何れ今川とも一戦交えねばならんだろうがさてどうしたものか。今川は伊勢とも通じているがここは伊勢新九郎を見極めるためにも今川と一度矢を交えるのも良いだろう。
「わかった援軍を差し向けよう」
「有り難きお言葉でございます。陸奥守様のご助力を得られるとなれば今川など赤子の手をひねるが如くで御座いましょう」
「道案内を頼むぞ」
「御意に」
そう言って勝沼次郎五郎が陣を出て行く。
「殿、罠では御座いませぬか」
袰綿勘次郎がそう行ってくるし他の者も一様に首肯している。八割方罠で二割くらいは今川に河内とかいう地区を抑えられ窮しているかなと思う。
「罠かもしれんが虎穴に入らずんば虎児を得ずともいう。左近、甲斐で怪しい動きがないか調べてくれ。それと万一の際の撤退路の確保も頼む」
あとは小笠原と戦をしているはずの諏訪が此方にかかってこないかだ。
「武田に大砲を見せても大丈夫でしょうか」
「見せたところで作れるわけではないからな」
甲斐にも砂鉄はあるだろうが大きな鉱山は金山くらいだったはずだが資金源にできれば良いな。
それと宮入貝、と言っても通じないので甲斐の水辺に足をつけると腹が腫れる病に冒されることがあるため兵等にはブーツを確り履き、素足を水につけないよう指示を飛ばして野辺地を越え、甲斐に侵入した。
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