第五百二十八話 信州侵入

碓氷峠 阿曽沼遠野太郎親郷


 箕輪城は籠城を始めてしまったので守儀叔父上に攻城の指揮を、毒沢次郎に武蔵攻略を任せて、俺は山道をえっちらおっちら長尾を追いつつ碓氷峠を登り切り前世であれば避暑地として栄える軽井沢に到達する。


「ここからが信州か」


 なんというか寂しいな。街道整備も進んでいないから宿場町が有るわけでも無いししかたがないな。


「ふむ道をなんとかせねばならんな。それとここに宿場を設けるか。このあたりを治めているのは誰ぞ」


「このあたりは一応大井が治めておりますが、長年伴野とやり合っておりましてこちらにはあまり手が入っておりませぬ」


 奥羽ほどじゃないが夏も冷涼で米がとれにくい土地だとかで人が少ないのだとか。なので比較的米を作りやすい佐久盆地を巡って千曲川を挟んだ対岸を治める伴野という家と長年争ってきたおかげで佐久盆地には城も多く賑やかなのだという。


 しかしどちらも長年相争って疲弊していたところに今回の長尾の大軍に収奪された。もはや野盗に身を落とすしか無いと思われたところで俺の褒美を取らせるという通達があり小県ちいさがた郡では百姓や足軽に大井や伴野のいくらかが討ち取られ、残りは自分の城などに逃げ帰って固く門を閉じてしまったという。


 そのなかの固く門を閉じた城の一つで大井氏が逃げ込んだ大井城を囲んで今なら命までは取らないことを添えて開城するよう申し伝える。


 一刻ほどして城門が開けられ、大井刑部大輔らが出迎えに門から出てくる。


「出迎え御苦労」


「近衛少将様の寛大なる沙汰、有り難く存じまする」


「まずは村の者たちが取った首を検めたいのでな。村の主だった者だけ入れたいのだがよいな?」


 大井とやらに拒否権はないのでそのまま入っていき、城の庭に五つの首桶が並べられる。


「これは貴様の兄らの首でよいのだな?」


「は、長兄と次兄の物に相違いありませぬ」


 弟の目なら間違いは無かろう。


「これを討ったのは猿久保と岩村田という村だったな。約束通り褒美を取らせよう」


 落ち込む大井らを尻目に民らが歓声を上げる。


 続いて伴野某とその郎党の首、そして海野棟綱の首を検め、それぞれ褒美を取らせるために遠野へと文を書く。


「さて残った其方等はどうするかな」


 ビクッと大井らが肩をふるわせる。


「佐久郡の郡代として民と当家の為に粉骨砕身するか、この地から離れ新しき土地で心機一転するか好きにせよ」


「新しき土地というのは近衛少将様の治める土地、ということで御座いましょうか」


「望むならそれでも構わぬぞ」


 未開の土地はいくらでもあるから開拓者はいくらいても足りん。


「少し皆と話す暇を頂いても?」


「構わぬ。皆と話して決めるがいい」


 しばらくしてもうこの土地にいるのは難しいとほとんどの者が離れる決心をし、未開の大地北海道へと旅立つこととなった。


「其方は残るのか?」


「は、この平賀玄心、生まれ育ったこの地を離れること能いませぬ」


「わかった。では其方に佐久郡代を任せる故確りな」


「はは!有り難き幸せ」


 もう一人残ることを決めたのは小田井城の小田井吉六郎でこいつには軽井沢での桑畑の整備並びにこれから派遣されてくる農業試験場の者の指導の下、パタタ栽培を進めるよう指示し上田平へと兵を進める。


「このあたりは山に挟まれているとはいえ拓けているのだな」


「は、この佐久平から上田平にかけては一部狭いところも御座いますが概ね拓けておりまする」


 ただやはり水の確保に悩まされているようであまり米は穫れないようだ。こういうところも桑や芋、或いは麦で食いつなぐことが出来ればよいな。


 真田の案内で上田盆地からやや北の山間に入ったところ、真田館へと案内される。


「狭いところでは御座いますがご緩りとお寛ぎくださいませ」


 北にみえる四阿山あずまやさんのあたりには菅平というやや平らな土地があると聞かされる。関東学生スポーツの合宿所だな。今のところ合宿所になる需要はないが数百年後には開発されるんだろうか。


 その後簡単な宴会が催される。ただし食料も酒も包丁番も俺が持ち込んだ奴だが。


「これが奥州の食事で御座いますか」


「米が旨う御座いますな」


「この豚という畜肉も旨う御座います」


「これが噂に聞く麦の酒で御座いますか!くぅ!これはたまらん!」


 それぞれ思い思い飯を楽しんでいる。


「斯様な馳走を頂きまして、こんな良いものを食べたのは生まれて初めてで御座いまする。猪鹿猿熊鳥は食っておりましたがこの豚というのは美味いですな」


「このあたりは米が出来ぬのだろう。であれば桑の他畜肉を獲ってはどうだ」


「しかし肉食にくじきは汚れと……」


「なにこの豚はかつて天武帝が禁じられた五畜に含まれて居らぬ」


「なるほど!」


「それにお釈迦様も殺生は禁じたが肉食は禁じて居らぬ故、好きに食えばよい」


 というか猿は天武帝が禁じた肉なんだがな。まあ農作物を荒らすから適度な間引きは必要であるし間引くなら食うというのもそこまで突飛な考えではないだろう。食いたいとは思わんが。


「それとこのパタタという芋も美味いものですな」


「うむ、それは寒い土地でも良く育つ。麦と同じく何回も同じ畑で育てるととれなくなるようだ。まだあまり数がなくてな」


「なるほど、そのあたりを農業試験場でございましたか、その役人が教えに来ると」


「そうだ。米麦の代わりになるものだ」


「やはり近衛少将様のお言葉に応じてよう御座いました」


 そういって真田等はふかし芋に味噌をたっぷり塗って美味そうに平らげた。

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