第五百二十七話 面通し

島名城 阿曽沼遠野太郎親郷


 長尾守護代を討ち取らんとつい深追いして島名までやってきたが長尾は倉賀野城に、長野は箕輪城に逃げ込んでしまった。が、まだ焦る時間じゃない。


「守儀叔父上は大胡城を落して此方に向かっているのだな」


「はっ!」


 となれば長野は南側と東側に戦線ができるので長野はこれで動けなくなるだろう。ということで俺は長尾を討てばいい訳だ。


「長尾の動きはどうか」


「特に変わりはありませぬ」


 しかし数日間のにらみ合いの後、信濃勢が退却していく。一日遅れて諏訪と小笠原が戦闘状態となり、今川が甲斐に侵入したと報告が入る。


「俺等が攻め込んだ事を見て今川も諏訪も動いたか」


「もう少し早く動いてくれれば」


 毒沢次郎が呟く。


「どこもそれぞれ都合というものがあるからな」


 そもそも背後を突いてくれというのも向こうに利はあれどこちらの都合だしな。


「信濃が荒れれば守護代も退くだろう。その頃には又三郎が揚北を制圧しておろう。いやしかし今回はしくじったな。もっと横綱相撲を取ればよかった」


「それはそうですなあ」


「あとはこの先渡河する場面が増えるだろうから渡河機材の開発を急がせないとな」


「上陸用舟艇ってやつですか?」


「それも欲しいな。舟橋を作るにしても敵前上陸して作業できねばならんし」


「いまは遠野の工廠と宮古の住友の工場で蒸気機関の製造をしているのですからいくつかこちらに回してはいかがでしょうか」


「そうしたいのは山々だが鉄の生産量がボトルネックなのだ」


 武器にも必要だし生活用品にも必要だし船にも使うんで、釜石の製鉄能力を完全にオーバーしてしまっている。高炉を増やしても櫂炉が足りないので銑鉄ばかりが溜まっていく。


「転炉はまだ実用化しないんですか?」


「うまく空気を吹き込めなくて一回はいいがそれ以上は難しいとかなんとか」


「櫂炉を拡大するのは?」


「平炉というのも研究しているが高カロリーの石炭か重油が必要らしくてな」


 平炉ができれば粗鋼生産量が増えるだけじゃなくて鋼鉄の生産もできるようになるから一足飛びに鋼鉄の時代へと移行できるだろう。燃料用の高品質一般炭が必要になるからアメリカかオーストラリアは確保しなきゃならん。


 鉄鉱山も釜石じゃ全く足りなくなるから満州かオーストラリアかアメリカがほしい。アメリカはロッキーの向こうだからこっちに運び込みにくいけど。


「石油なら秋田で採れるんでしょう?」


「まあ湧いているから精製すれば使えるがその技術もこれからだからな」


 そもそも量が少ないので石油はアメリカかインドネシアを確保しなきゃな。やっぱり太平洋を天皇のバスタブにするしか無いな。アメリカはやっぱ存在がチートだね。


 資源が足りないから技術でなんとかやるしか無いが、技術の発展はこれからだから今のこの段階では無い無い尽くしでなんとかやるしか無いんだよな。


「それはともかく左近、越後守護代が撤退する際に徹底的に妨害をかけてくれ」


「守護代の首を狙っても?」


「構わんぞ。そうだな、近隣の村に越後守護代の首を取ればその者は米十俵と布一反を村には米麦をそれぞれ五十石と銭一万貫を与えると伝えてくれ」


「おお、それは面白そうですな」


「もちろん保安局で首を取れば同じように褒美を取らせよう」


「それは俄然やる気が出てきましたなあ!」


「それ以外の敵将を討ち取った場合は越後守護代の半分になるが褒美を取らせる旨も併せて通達してくれ」


「ははっ!」


 潰走するわけじゃないからまず首は取れんだろうけど向こうからすれば無限ポップする敵に手を焼き、なんなら撤退中に味方のはずの足軽から狙われるおそれまででるんだから気が気じゃなくなるだろうな。無事に城に帰り着いても半ば一揆勢となった領民の討伐に出なきゃいけないから民と領主がいがみ合うようになってしまえば統治できない領主がいつまでもその土地には居れなくなる。


 そして当家の噂は信濃などでも口伝で広まっているようだしそのまま信濃に侵入すれば信濃の少なくとも一部は確保できるだろう。


「殿、また悪い顔になっておりますよ」


「む、そうか?」


「まあいつもそうですので変わりないとも言えますが」


「なかなか辛辣だな」


 というか悪い顔ってなんだよ。真面目な顔って言ってくれよ。


「ああそうだ真田を連れてきてくれ。信州への道案内をさせたいのでな」


 ここからは山道なのでただ大軍にまかせて進んでも攻略は難しい。その地勢を知っていないとな。


「真田十郎左衛門でございます。此度はお声がけ賜りかたじけのうございます」


「いやよく応じてくれた。しかし若いな。いくつだ」


「はっ、十八にございます」


「十八か。よく決心してくれたな」


「陸奥の近衛少将様のお喚びとあらば。本当であれば馳せ参じたかったのですが」


 そう言えば自分でも忘れていたが俺は右近衛少将だったな。


「よい。こうして応じてくれただけで構わぬ」


「御慈悲を賜り恐縮でございます」


「真田、というのは地名からか?」


「はっ!当家が預かっている土地がかつて真田庄と申しますれば」


「荘園の名残か。それで米は採れるのか?」


「わずかな低い土地であればと言ったところでございます」


 信州といえば蚕だよな。


「桑は育てられるか?」


「無論、少量であれば今も植えておりますが」


「それは重畳。当家では布に使う糸が足りなくてな、絹でも麻でも綿でもなんでもいいから糸をたくさん買い付けておるのだ。其方の土地でも蚕を育てて欲しいがそれは追々、まずは信州に入りたいゆえ道案内を頼めるか」


「御意にございます」


「よし、ではさっさと箕輪城を落として信州に攻め入ろう」

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