第五百二十六話 第二次古河合戦
栃木城 阿曽沼遠野太郎親郷
「殿!一大事です!」
「どうした!」
「そ、それが古河城に敵がなだれ込んでおります!」
「戦になっているのか!」
「いえ、矢の一つも飛ばぬうちに入城したようでございます」
「ほう」
ここまでは予定通りだな。
「伊達四郎は如何した!?」
「わ、わかりませぬ」
「直ちに進発する。各城はどうか」
「は、毒沢軍務次官様が既に古河に向かっております」
事実上の主力、練兵一万を核にした祇園城に配備された毒沢次郎の部隊と、練兵と徴兵の混成した結城城の来内新兵衛の部隊八千(二千は留守居)、そして阿曽沼城は宇夫方叔父上が守将として入り、そこから上野に入る機を伺ってもらっている。
「それで古河城にはどこの誰が入った?越後守護代か長野伊予守(長野憲業)か?」
「いえそれが越後守護代も長野伊予守も川の対岸に陣を敷いております」
「では誰が古河に?」
「太田美濃守(資頼)と安独斎(上田朝直)が扇谷の幟を掲げて入ったとのことです」
上杉朝興を斃した勢いで古河に入ったか。長尾も長野も城には行っていないとなるとあやつらには読まれていたかもしれんな。
「では夜明けとともに古河城から狼煙が上がる」
「古河からですか?」
「それが合図だ。各隊にも長尾の動きを警戒しつつ古河に突入するよう申し伝えよ」
「は、はは!」
伝令が慌てて陣を出て行く。
「さてどうなるかね」
日が昇り始めたところで計画通り古河城から狼煙が上げられ、各部隊が古河に迫る。しかし近付いても鉄砲或いは矢の一本も飛ばずに城門が開かれ、静かに我が軍が古河城へと入っていく。
「も、申し上げます。敵は皆眠りこけており、すでに伊達四郎殿が太田美濃守らを捕縛しております」
阿片入りの酒がよく効いたようだな。古河城から簀巻きにされ荷車に乗せられた大田美濃守などが運ばれてくる。
「こいつらは纏めて牢に放り込んでおけ。沙汰は後ほど下す。伊達四郎、ようやったな」
「は、はは!有り難く!」
「しかしよくも上手くいったものだな」
「酒は断られましたが飯と水は口にせずにはおれませぬからそちらに阿片ですか。あの眠り薬を混ぜまして御座います」
「ほぅヤるじゃあないか」
「この伊達四郎、これまでもこれからも殿のために粉骨砕身の覚悟で御座います」
「よう言った!其方の忠義感服した!」
さて問題はここからだな。川を渡るとなればそこを狙われるだろうし、かと言って迂回して箕輪城を狙おうとすれば側面を突かれる。かと言ってちんたらしていてもな。ここは真田が約定通り内応するかだな。
「大砲は敵陣まで届くか?」
「いえ、川が広すぎて届きませぬ」
やっぱり渡良瀬川と利根川を挟んでは川幅が広すぎるか。
「むう。援護砲撃しながらの渡河は無理か。海軍をここまでもってこれるか?」
「川が浅すぎて難しいですね。川船はございますので宵闇に紛れて上陸しては?」
「夜間渡河はまともな灯りがないから危険だな」
せめてもう少し長射程の大砲か舟艇があればな。蒸気船はあまり数がないから大規模な渡河には使えないし。
それにしても長尾が古河城に入るかと思ったがそこまで上手く行ってくれなかったのが苦しいな。
「じゃあ仕方あるまい。又三郎が揚北衆を制圧して越後を南下するのを期待するか、確約のない真田の内応を当てにして敵前上陸するか、しかしここで信濃勢もある程度仕留めておきたい」
「ではやはり敵前上陸でしょうか」
「そうだな。そうするしか無いか。しかしその前に、上遠野に服部、すこし上野と武蔵で派手に火付けをしてきてくれぬか」
「はは!」
「殿は火攻めがお好きですなあ」
「わかりやすいからな」
火は単純に危険だし春になったばかりのこの時季なら乾燥しているからよく燃えて、場所を選べば此方の被害を最小限に減らせて良い。
「確かにわかりやすいですな」
「長尾も長野もそれで動揺はしないだろうが」
「末端の足軽までもは」
「そういうことだ」
数日後、西風が強く吹く良く晴れた朝に野火が生じる。
「よしいいぞ!」
なかなか派手に付け火をしてくれたじゃないか。
「流石に敵も火の対策に兵を割かねばならんか。よし!川を渡るぞ。鉄砲組と弓組を混ぜて撃ちながら川を渡れ!」
「応!」
渡河を始めると野火で混乱するとは言え少なからず矢の雨と少し鉄砲が撃ち込まれてくる。
「なんとか先陣の伊達が渡河を成功させたようですな。いやしかし彼奴も頑張りますな」
「ここで頑張らねば立場がなくなるからな」
「あれで機を見るに敏と言ったところですか」
「この戦国の世を生き抜くならそれくらいは必要であろうよ。お、信濃勢の中で何か動きがあるようだ」
櫓から観るが遠くてはっきりしないが、どうやら仲間同士で戦っているようだ。
「真田が動いてくれたようですね」
「これは真田も取り立ててやらねばなるまい」
そして遂に長尾の背後には火が残っているなか死中に活を求めるかの如く此方に突撃をかけ、岩城の幟が飛ぶ。
「長尾守護代により岩城下総守お討ち死に!」
しばらくして岩城の当主が討ち取られたという知らせが、続いて岩城下総守と一緒に行動していた岩城の娘婿の田村大膳大夫も討ち取られたと知らせが届く。
「後が無いから目の前の敵を蹴散らしていくとか関ヶ原の薩摩ですかね」
「しかしこれではまた長尾為景と長野憲業を逃してしまうかもしれん!真田にも知らせろ!長野は構わんが何として長尾為景の首を取れ!」
火の周りがよすぎて背水の陣にしてしまったか。窮鼠猫を噛むではないが混乱する中、本隊の将兵を従えて正面突破された。
追撃戦で猪苗代盛清が返り討ちに遭い、来内新兵衛も長野勢の矢を膝に受けて重傷を負い遂に取り逃がしてしまった。
「新兵衛、傷はどうか」
「不甲斐ないところをお見せして済みませぬ。なんとか歩くことは可能で御座います。膝に矢を受けなければ守護代めの首をと思いましたが」
「いやいや貴様を喪う方が痛手よ。守護代は少しずつ追い込むしかあるまい」
兵を集めたが数の差を活かせたとは言えぬ戦に無ってしまった。俺としてもこれまで支援砲撃に頼りすぎていたかな。兵学校に命じて今回の戦闘の反省点と戦術の改良、そして頼りすぎかもしれないけど大砲の射程の改善を進めねばなるまい。
長尾を取り逃したが、長野を追って島名城(高崎市)をその二日後に制圧し入城する。
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