第五百二十四話 飛び杼

大槌城 阿曽沼遠野太郎親郷


 すっかり寒くなり雪が積もり始めた頃、佐渡攻略が完了したと毒沢次郎と大槌得守が報告にやってきた。


「山に逃げ込まれて少し手間取りましたが、惣領家と羽茂の首を取ってきてございます」


 河原田家はすぐさま投降したが奉公衆の総領家と越後守護代と縁戚である羽茂家は山岳部に逃げ込んでゲリラ戦となり長引いたという。


「海戦はどうだった?」


「流石に小早の小回りの良さには敵いませんでしたので、船に上がろうとするところを散弾でズドン!と数人仕留めてやれば諦めておりましたな」


 うんまあ小早のような小回りのきく小舟相手ではろくすっぽ当たらないとは言え砲弾を掻い潜って船にとりついたと思ったら上の奴が蜂の巣のようになって落ちてくる。正木の水軍もあれで討たれた奴が居たようだし、散弾で蜂の巣ってのはやっぱ見た目にもきついわな。


「なんにせよこれで佐渡が手に入った」


「金銀は今探させております」


「頼む。それよりも日本海のおよそ半分が我が手の内になったというのがよい」


「海上交通路の確保は死活問題で御座いますからね」


「ああ。これで上方との交易もすすむだろう」


 あとは能登を得たいが一向一揆も撃退しているし七尾城は堅城だというしあそこは畠山義総が強いんだよな。今のうちに温井か遊佐あたりに唾つけておくか。


「これで直接春日山を脅かすことも可能になったがさて越後守護代はどう出てくるだろうな」


「とは仰いますがもう冬で御座います。この荒れる時季に海を渡っての侵攻など無理で御座います」


「日本海は無理か」


「無理です」


 提督にきっぱり無理と言われては無理なんだろう。


「じゃあやはり待機だな」


「よろしいので?」


「此方は困らんからな」


 むしろ時間は備蓄を積み増しできるので此方を有利にしてくれる。


「まあ古河の伊達に接触を図るものが増えているからそろそろかも知れぬ」


「楽しみですな」


「そうだな。それはそうとこれから機屋はたやに行くのだが一緒に来るか?」


「機屋ですか?」


「ああ、最近布の生産量が特に増えてきておってな何かあったのかと」


「なるほど。そういえば帆が出来るのも早くなったようですな。それで今回は此方にお出でになっていたのですな」


 ということでパカポコ冷たい空気を吸いながら機屋の敷地に入る。


「作業中すまぬな」


 出てきた工場長が恐縮しつつ案内してくれる。


「これが京の高機で御座いますがこれを使えるようになり随分と助かりました」


 そして少し奥に行くと最近改造を始めた新しい機だという。


「これはどのあたりが新しいのか?」


「は、この紐を引くと杼が飛ぶように動きまして、これのお陰でずいぶんと幅広の布が織れるようになりました」


「ほぉ、この杼は何に使うのだ?」


「布を織るのには縦糸と横糸を組み合わせるのですがこれは横糸を通す道具で御座います。これまでは手で通すしかなかったので手で届く範囲か投げたものを受け止めるものが必要でしたが、これであれば一人でおれるようになり、特に幅広の反物を織るのにかかる手間がずいぶんと少なくなりました」


 これはもしかして飛び杼と言う奴かな。


「これは工場長が考えたのか?」


「いえ、如何したものかと考えていたら工部大輔様がやってこられまして、こうすると良いと教えてくださったのです」


「なるほどな」


 紙よりも需要が大きな商品だ大変なことになるぞ。


「殿、これが如何したのですか?」


「次郎、これが出来たとなると反物がこれまでよりずっとたくさん作れるようになるのだ」


「たくさん作れるようになるとどうなるのです?」


「服が安くなるのだ」


「そいつは良いですね!」


 まあそんな単純ではないんだろうけども。


「ところで糸は足りているのか?」


「それがですね、ためていた糸が足りなくなりそうで御座います」


「やはり。これまでよりもずっと早く布が作れるとなれば糸がなくなるのもずっと早くなるわけだな」


「左様でございます。なので糸を早く作る絡繰りを考えているところで御座います」


 これで連鎖的に技術開発が進み始めると一気に産業革命となるわけだが、原料になる麻や綿が足りなくなるかもしれない。とりあえず明から輸入するしかないか。


「帆が早く作れるようになれば軍船も商船も増やせそうですなあ」


「ああ。船が増えればより多くのものを運べて商売も大きくなる」


 物流が改善すれば経済発展もよりすすんでいく。そして一度の取引でより多額の金が動くようになるわけだから貨幣の供給量を増やす必要があると。


「やはり定額貨幣の量産も急がねばならんな」

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