第五百二十三話 フライドポテト

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 水面下で俺と越後守護代との戦が繰り広げられているが、一見平穏なまま盛夏を過ぎた。


「パタタはなかなかいい量得られたようだな」


 眼の前には満次郎が持参した芋が鎮座している。色も形も様々だな。


「は、これは里芋のできぬ土地でも問題なく作れますし、麦より手がかかりませぬ。食べるにも里芋のような手間が掛かるものではございませぬ。ただ…」


「ただどうした?」


「は、いえ採った芋を日の当たるところにおいておりますと毒になるようでございます」


 そう言えばそういうやつだったな。


「小屋に仕舞えばよいのであろう?」


「はいそれはそのとおりでございますが、小屋に入れておいても芽を出すものがあり、それを食べるとめまいや吐き気、下痢など起こります」


「たくさん取れるのはいいが面倒な芋だな」


 前世だと芽が出ないよう何か処理していたんだっけ。


「左様にございます」


「だが日に当てず、芽が出る前に芽を欠いてしまえば問題ないのであろう?」


「仰るとおりで」


「あと干し芋にしてほしいのだが冬前に取れるか?」


 干し芋に出来れば保存性も上がる。


「そちらは遅くとも六月(新暦七月)まで、どんなに遅くとも七月までに植え付ければなんとかなりそうでございます」


 満次郎の言葉に少し疑問が生じる。


「それは如何なることか」


「どうも雪が降るくらい寒くなると芋の出来が悪くなるようでして」


 意外とそんなもんなんだな。冬にも穫れれば捗るのだが早々上手くはいかないか。もう少し暖かいところ、関東ではどうなんだろうな。


「のう、上総あたりであれば冬にもパタタが穫れるのではないか?」


「そうかもしれませぬ。しかし任せられる者が……ああそういえば会津の仙右衛門という者が中々芋に熱心ですので其奴ならば」


「そのあたりの人選は任せるよ」


 米ではなく芋が主食の日本という未来はあるのだろうか。まあいま考えても仕方が無いか。


「ところでこの芋は貰って良いのか?」


「勿論です」


「ではしばし待っておれ」


「は?」


 折角芋があるのだからな。味は多分違うだろうけど。


「少し火を借りるぞ」


「と、殿!何故斯様なところに!?食べるものをご所望でしたらお持ちしますので!」


「ああよいよい。たまには俺も包丁をしたくなっただけだ」


「しかし!」


「それより揚げ物をする故油を温めてくれ」


 包丁を借りるのは馴染まないので小刀で芋の皮を剥いて細切りにしていく。


「殿も中々の包丁といいますか刀裁きで御座いますね」


「久しぶりではあるがなんとかなるな。切ったものを水にさらしておいてくれ」


 しばらく水にさらしてあく抜きをして油に入れるとじゅわあといい音がしてくる。


「うむいい音だ」


「芋を揚げているのですか?」


「ああそうだ」


 しばらくして薄く色づいてきたところで油から上げていき残りの芋を入れていく。

 軽く塩をして味見をする。


「うむこれくらいだな。其方も食ってみろ」


「これは美味いですな。いくらでも食べられそうで御座います」


 ひょいひょいと料理長がつまんでいく。


「それくらいにしておいてくれ。それでこれを雪と藤子に父上母上に届けてきてくれ」


 半分程度を下男下女に渡して調理場を出る。


「満次郎待たせたな」


「はっ、いえとんでもございませぬ。ところでそれは」


「芋を揚げたものだ。食ってみろ」


「畏れ多いですが、では頂戴致します。おお!これは旨う御座いますな!」


 暑いから少し塩味を強くしたがいけるな。ほかに芋を使った料理と言えば肉じゃがとかカレーにコロッケなんかだな。


「油が高価な物ですのでおいそれと食べられるものではございませんがこういう調理が出来るとなれば皆も喜びます」


 そうか油もまだまだ高価だったな。カロリーの確保は大事だから油脂植物の栽培も薦めないとならないな。魚油で揚げるのでは魚臭くなるからな。あれもこれも作るのが間に合うだろうか。


「みなが腹一杯食えるようにするのは難しいな。引き続き貴様の手を借りるぞ」


「ははっ!一意専心、励んで参ります」


 


 満次郎が退席してしばらくすると雪と藤子が子供達を連れてやってきた。


「急に台所に押し入ってあんなの作ってるなんてね」


「うまかったろ?」


「はい。美味しゅう御座いました」


「お芋美味しかったの!また作っていただきたいです!」


 米次郎がキラキラおめめで訴えてくる。


「わかったわかった。皆確り鍛錬や学業をしておればまた食わせてやろう」


 そのあと少し遊んでやって部屋に帰す。


「それにしてもフライドポテトを作っちゃうのね」


「好きだろ?」


「そりゃね」


「やはりあの食べ物は御屋形様もお義姉様もご存じでしたのね」


「まあな。前世では手軽な食べ物だったからなあ」


 なんだかハンバーガーも食いたくなってきた。トマトとレタスがないけど。トマトはもたらされてたような気がするけど今日はなかったな。ケチャップもほしいし。


「なあ雪、ケチャップは作れるか?」


「簡単よ?トマトとタマネギとニンニクとシシトウ、それに酢といくらか香辛料があれば作れるわ」


「流石だな」


 しかしとなると酢が足りないか。


「酢ね。赤酢でよければ酒粕からも作れるわ」


「作ってくれないか?」


「無理よ」


「え?作れるんじゃないのか?」


「製造法はあるけど、酢を作る人が酒蔵に入ったら酒が全部酢になるわ」


「な、なんだってー!」


「いや酢はお酒から造るんだから当然でしょ」


「あ、そうか。あぁじゃあ誰か別な奴に酢を作らせるしかないか」


「でしたら私が」


 藤子がおずおずと提案してくる。


「できるのか?」


「うーん無理ではないかもしれないわね」


「じゃあそのあたりは雪に任せるか」


「はい!お義姉様、よろしくお願いしますわね」


 雪が助けを求めるような顔をしているが藤子はもうこうなると聞いちゃくれないから諦めてくれ。

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