第五百十七話 江戸湾の制海権を得ました
小弓城城下 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷
「さて追い込んだが如何するかな」
「大人しく降伏してくれれば良いのですが」
「なに、まだ向こうは武蔵の海側に相模の東半分があるんだから逃げるというのも十分考えられるぞ」
「まるで逃げてほしいような口ぶりですね」
「そりゃそうさ。大事な兵を徒に消耗せずに城が手に入るなら万々歳だからな」
「殿のことですからそちらはとってつけた正論に聞こえますな」
「おいおい次郎、紛れもなく本心だぞ」
下手に潰すと新九郎に小弓公方の領を荒らされるかもしれんってのもあるけどな。
「ところで海軍はどうなっているのでしょうか」
「今頃安房沖で里見水軍と戦をしているはずだ」
「海軍はまだ火薬に余裕があるのでしたか?」
「陸軍よりはましだな。でなければ迫る小舟の大軍に対応出来ぬからな」
とはいえ潤沢と言うほどでも無いから弾の一発、血の一滴の精神でよく狙って射って欲しい。
そんなことを話しつつ小弓城の攻囲を完成させ、近くの寺の住職に頼んで開城の使者になって貰う。一方で武田信隆等椎津勢を加えた一部を庁南城に回す。
「おや里見の水軍と当家の海軍が連れ立って来たようですぞ」
当家の船十隻を囲むように関船や小早が取り囲んで此方に向かってきているように見える。海戦してたんじゃなかったのか?
「提督、これは如何なる事か?」
二刻ほどして日が沈みかけたところで提督が本陣に入ってきた。
「はっはっは、海戦をしようとしたところでこの正木弥次郎が降伏を願ってきましてな」
「正木弥次郎時綱でございます。陸奥守様の海軍の様子は以前から存じておりました故、斯様な機会を待っており申した」
「良いのか?貴様等は里見の配下ではないのか?」
「里見の臣と?これはご冗談を。我らは里見に手を貸してはいましたが里見に傅いた覚えはありませぬ」
「ふむでは当家の臣には為らぬと?」
「そうありたいのですが、そうするとあの大船には乗れぬのでしょう?」
「まあそうだな」
「北条から買うことも考えましたが北条を利するのも癪で御座いました故、皆で話し合い陸奥守様の下で働かせていただこうと言うことに相成りました」
反発はなかったんだろうか。
「跳ねっ返りが乗り込んで乗っ取ろうとしたのですが鉄砲ですかな、あれで蜂の巣になってしまいましてな」
たしか海軍も船上戦闘メインなので散弾銃を幾つか配備していたか。登ってきたところを散弾で撃ち抜かれるっていやだな。
「そういうことで正木殿を得たわけですな。板東一の水軍たる正木殿がいればこのあたりの海はもはや我らの庭のようなものです」
「それはそうだな。しかし当家が伊勢と誼を得ていることは知っておろう」
「なぁに、直接戦をして家や領を焼いてくれた北条なんぞよりはましでさ」
「新井城の事なら当家も手を貸しておるが」
あそこで当家の老朽スクーナーを売り払ったし。
「そういえばそうでしたかな。すっかり忘れておりました」
がははと笑っているが、忘れたわけではないだろう。あくまで手を貸しただけの当家より養子とは言え親である三浦道寸が一族もろとも殺されたのよりはましだと言うところか。
「提督、こいつらを巧く使えそうか?」
「どうでしょうなあ。まずは我らの船に就いて教えねば為りませぬからな」
そうか櫂船ではないから使い勝手が変わるか。
「それはそれとして手始めに江戸湊や品川湊を落としますか?」
「いや突出部を作りたくないのでな。公方が江戸城へ退いて貰えれば助かる」
物資が潤沢なら扇谷藤王丸派を南北から挟めるので悪くはないのだが、利根川というか一体が湿地な葛飾郡や埼玉郡を挟んで機動的な運用って難しそうなんだよね。
「それに江戸や品川を得る前に安房まで確保しておきたいからな」
「それもそうですな。安房まで来れば三浦廻りで武蔵に向かえますな」
それも結局多摩川があるからどっかで渡河しなきゃいけないんだが利根川を渡るよりは幾分かましかな。
しかしそうか北から行くにせよ南から行くにせよ北条が横槍を入れてくるかもしれんか。となれば直接揚陸して武蔵を抑えに掛かる方が手っ取り早いし伊勢につけいる隙を与えにくいか。
北上川で使ってる蒸気船が使えればいいのだが。あれは喫水も浅ければ乾舷も低いので揚陸にはまずまずだとおもう。しかし数がないので徴発したら北上川の水運に影響がでてしまう。スクリューよりは量産しやすいが絶対数が足りないんだよな。
「ふむ、まあそのあたりはおいおい考えよう。とりあえずは目の前に小弓公方だ」
なかなか開城を受け容れられないため、夜中を中心に時折砲弾を撃ち込んで、最終的には庁南城が落城したという報せで以て開城と江戸城への撤退が受け容れられた。
江戸公方か。家康よりだいぶ早い江戸幕府だねっと。
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