第五百十六話 印旛合戦

印旛郡神門ごうど(佐倉市) 阿曽沼遠野太郎親郷


「小弓公方はなかなかの数を集めているようだな」


 小弓城攻略のため進発し少し南下した神門で公方勢が北上してきたため神門と言うところの丘に陣を敷き、対岸の馬渡に公方勢が陣を敷いた。


「物見によりますと総勢二万に近いようでございます」


「こちらは一万五千ほどか」


 越後と上野にある程度割く必要があるため全軍を使えないのがな。火力ではまさるのでなんとかなるだろう。


「殿、真里谷の幟の一部がこちらに向かってきております」


「側面を突くつもりか?」


「いえ、それが殿に与力したいと」


「どういうことだ?まあいい連れてきてくれ」


 そう告げた後、一刻ほど待っていると身なりの良い甲冑武者が本陣に入ってくる。


「お目通り叶いましてありがとうございまする。武田丹波守八郎太郎信隆でございまする」


「ようきた。と言いたいが何用か?」


「は、我らは陸奥守様にお仕えしたく」


 上総武田も一枚岩ではなかったようだな。


「構わぬが、真里谷は良いのか?」


「父上(真里谷恕鑑)は公方様を立てておりますがあれはあくまで神輿、そしてその神輿を担いだつもりが神輿に取り込まれてしまったようでして」


 下総の原や千葉が強くてなかなか上総から出ていけなかったことから足利義明を招いて神輿にし小弓城を奪ったのだそうだ。となると死に様は無惨だったが戦上手であったのか足利の名で人を集められたのか。


「いいのか?父親と敵対することになるのだぞ?」


「なにを、武家であればそのようなことは茶飯事でございましょう」


「それはそうではあるが一族は大事にすべきだな」


「なぁにこれも武田の家を繋ぐためのものでございますよ」


 そうだな。どっちが有利と見えても確実なものはない戦国の世だからな。


「わかった。ではここの千葉らとともに先陣を切ってもらうぞ」


「は!我らの戦をとくとご覧あれ!」


 翌日、砲声が鳴り響き川を渡り始める。渇水期の川を渡って千葉と武田が小弓公方の陣に向かって駆けていく。


 そして先陣が敵の本隊と衝突し乱戦となってきたところで、左翼に待機させていた騎馬隊に進軍の手旗信号を送る。


「城から出てきてくれて助かるな」


「たまには騎馬隊にも活躍させろと催促がありましたからな」


「それに(小国)彦助が騎馬隊用の散弾銃を開発したようでその試験も兼ねているのだとか」


「なるほど、それで珍しく彦助が騎馬隊に混じっていたのですな」


「そういうことだ」


 銃口がラッパ状に広がって居るので命中精度も射程も期待できないが、どうせ揺れる馬上であることからそこは割り切って散弾で敵の将を負傷せしめるための銃だ。殺せなくとも将が討たれればそいつの連れている足軽もろとも退かざるを得ん。うまく行けば結構な混乱を与えられるだろう。


 騎馬隊千五百のうち、本陣に五百騎を残して戦闘正面を迂回して突撃していく。側面からの騎兵攻撃に敵は浮足立ったようだが、さらに時折乾いた音が響く。


「なかなか崩れんな」


「向こうも二万の大軍ですからね。今日一日では決着がつかなさそうですな」


 なかなか難しいな。しかしこれくらいの丘なら方陣を組んで楽隊に合わせて前進射撃ができたんじゃないかな。みんな乱戦好きだからやってくれないけど。


「おや敵の一部が退いていきますな」


「ほぅ、将の誰かを討ったか?」


「しかし大勢は変わりないようですな」


 そうこうしているうちに日が沈んで自然休戦となり、兵らが陣に戻ってくる。こちらも無傷とは行かない。


「長丁場になるかもしれんな」


「面目ございませぬ」


 そう言いながら前立が折り曲がった小国彦助が本陣に入ってくる。


「思ったより相手が強かっただけだ。将の一人は討ったのだろう?」


「は、一人はなんとかなりましたが散弾では甲冑を着込んだ将にはあまり効果がなく、一方でなにもつけていない足軽には覿面でございました」


 まあ散弾でも至近距離なら人間はひとたまりもないだろうな。しかし甲冑武者にはそこまで効果がないか。


「馬上では弾込めも難しく、一撃を加えた後は離脱せねばならず、弾込めの最中は無防備になりますゆえ此度のように乱戦となっては十全に威力を発揮できませぬな」


 仕方がない。雷管ができれば元込め式連発銃とかリボルバーカービンとか作れるんだがねえ。無煙火薬が遠いいね。


「ふむ、それでも怪我を負わすことができたのだから、次の攻勢では普通の鉄砲を持っていけ。燧式も余裕があろう」


「今日の戦いで散弾の印象をつけられただろうから、燧式の鉄砲で虚をつくようにとの殿の言葉だよ」


「なるほどな。殿は言葉が足りぬことがあるからなあ」


 すこし将等の張り詰めていた気が抜けたように感じる。


「それでだ明日だが、はじめは今日と同じように攻め立ててほしい」


「流石に厳しい戦いになりそうですが」


「それである程度乱戦になり始めたところで少しずつ後退させろ」


「ああ、いつものあれですな」


「うむ、野伏せで敵を網に囲むぞ」


「今回も大漁の予感がしますな」


「では足軽共にも肉と米を振る舞って今日はしっかり休ませろ」


「ははっ!」


 翌朝、確り朝飯を食わせた後に戦闘が再開される。当初は此方が押し込むような動きを見せたが、中央のみがゆっくりと押し切られていくようにじりじりと後退していくと、公方勢は食いついてきてくれた。


 此方の本陣が動いたのを見て敵が中央に一気呵成の攻撃を仕掛けようと突進してくる。


「よし食らいついた!狼煙を上げて騎馬隊に後方を突かせろ!ここが勝負所ぞ!」


 押し込んでいると思ったら半包囲された公方らは慌てるがもう遅い。そこに騎馬隊が突入し公方等は潰走し、小弓城へと逃げ込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る