第五百十五話 工廠内の出来事

遠野 被服廠兜部


「親方ぁ、これでいいですかい?」


「ああ?ここの打ち方が甘い」


 親方と呼ばれた職人とあと数人の職人が鉄を打って兜を製造している。


「親方あ、やってもやっても数が増えていくばかりなんですが」


「うるせぇ!愚痴っている暇があれば手を動かせ!」


 急激に膨れた阿曽沼軍の需要に応えるため、日夜鎚が振られているが一つできるうちに二つ三つ補充要請が入ってくるような状況である。


「俺等だけで足りねえから、何枚も紙を束ねて漆で固めた陣笠が足軽に回されてるだろうがよ」


 上級将校や有力武家出身者は自前で鉄兜を用意することが当たり前になっており旧領の甲冑師に作らせているものも多いが、有力武家の出ではない下級将校は支給された鉄兜を使用することが多い。また下士官扱いの小頭にも鉄兜の支給を進めているが一向に需要に追いつけていない。其のため足軽にはとりあえず陣笠を与えている。


「なんかこう、一発で形を作れる鎚なんてできないもんですかねえ」


「そんな夢みたいな鎚があったら俺達おまんま食い上げだぞ」


「そうですかねぇ?おまんま食い上げになる前に疲れて腕が上がんなくなりますぜ」


「それはおめえの気合が足んねえんだ。全く、最近の若え奴は楽することばっかり考えやがってよ」


「えーもし兜が要らなくなったら鉄鍋なんか一緒に作りましょうよ」


「ばっかいってんでねえ。なんでそうなってまでお前等といっしょに仕事しなきゃなんねえだ」


「そんなこと言って、おっとうは素直じゃないですから。本当は嬉しいんじゃないですか?」


 そう言いながら親方と呼ばれた男の娘(十五歳)が昼の握り飯と白湯の入った桶を持って入ってくる。


「なに莫迦言ってんだ。そんなわけねえだろ。おい新入り、おめえ一番でかいやつ食え」


「いいんですか?」


「さっさとお前に半人前でも仕事してもらわにゃならねんだ。一番食って一番仕事しろい!」


「これはあれね。紗綾様の言うところのというやつね」


「おめも莫迦言ってないでさっさといい婿探せ。ああここの奴ら以外でな」


 そんなぁ親方などと悲鳴が上がる。が、勿論いつものことである。


「ここの方以外ですと……」


「工部大輔様のお子とかどうだ?」


「おっとうも大概莫迦ねえ。工部大輔様が私なんかの嫁入りを赦すはずがないでしょう」


「お、なんだ満更でもねえようだな」


「当たり前でしょ。あんな立派なお家に嫁げるなら万々歳よ」


 まあ工部大輔様の家じゃあ、俺等に勝ち目ねえな。といつもの応酬だ。


「なんだ俺の話か?」


 しかしこの日ばかりはたまたま工廠に蒸気機関の整備のため来ていた工部大輔が作業部屋の扉を開けて覗き込んできた。


「げぇ!工部大輔様!」


「なんだお呼びじゃなかったのか?」


「いやあまさかこんなところにお越しとは思わなかったもんで」


「まあ俺の研究が煮詰まっていたからな気分転換がてら皆の仕事ぶりを見に来ていたのだ。それで何の話をしてたんだ?」


 斯く斯く然々先ほど話していたたわいもない話題を説明する。


「そういややつももう十五だな。そろそろ嫁を見繕ってやらんとならんか。親方の娘は懸想している者はおらんのか?」


「え、あ、ええと……」


「ああいい。大体わかった。それはそれで大事にしろ」


「は、はい、申し訳ありません」


「気にするな。謝ることじゃあない」


 そう言いながら長女の翠を海軍提督の嫡男、大槌華右衛門得海に嫁がせたので次は長男の番だなとおぼろげながら思う。


「それよりも兜をより効率よく作る方法な」


「もしかしてあるんですかい?」


「まあ無いといえば未だ無い。が有ると言えばある」


「はい?」


 銭の製造でプレス加工の試験を行っているがまだ狙った精度にならないため改良を続けている。一方銅よりも頑丈な鉄でのプレスまでは至っていない。


「金の型を作ってそいつを使って鉄の板などを曲げたり切ったりすればいい」


「ええと鋳物とはちがうので?」


「別物だな。物によるが鋳物で作るより軽くなる。が鋳物より難しい」


 鋳物と鍛造、そしてプレス加工について職人たちに簡単な説明をしていると工廠中の職人たちが集まってきていた。


「へぇ流石は工部大輔様だ。そんなやり方があるなんてなあ」


「しかしよ、そんなので作るってぇなると質の良い鉄と鉄を切れるほどの力が必要だぞ」


「強い力なら水車か蒸気かつかえばいけるんでねか?」


 工部大輔の説明を聞いて職人たちがやいのやいのと議論を始める。


「いい案が出たらそれぞれ提案書を書いてもってこい。全部を承認することはできんがなるべく便宜を図ろう」


 暇なときにいっちょ考えてみっかと言い合いながら皆午後の作業に戻っていく。


「これで殿から要望のあったプレス加工が実現できるかもしれんな。それに応じて冶金もすすむだろうし、そうなれば内燃機関の開発が一歩近づきそうだな」


 あとは石油化学の発展だがこれは手に負えないなと思いつつ気分転換を終えた工部大輔が研究所へと帰っていった。

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