大永7年(1527年)

第五百十四話 香取海を渡る

小田城 阿曽沼遠野太郎親郷


「さて其方等の処遇は如何致すかな」


 南方三十三館の当主が鍋倉城の白洲に座っている。


「何か申し開きはあるか?」


「で、では僭越ながら、我ら鹿島は神宮の神職であります。当家に手を上げるとなりますと鹿島の神罰が下りましょう」


 鹿島次郎通幹が少し偉そうに言葉を発する。


「ふむ、神罰は怖いな」


「でありましょう。故に我らの鹿島城攻めに手をお貸し頂いたと考えております」


「ふふふ、そう思うか?」


「なに?」


「そもそもの話で言えば鹿島は我ら藤原の神を祀った宮であろう?」


 もともと鹿島の地頭でしか無かったのに鎌倉時代に鹿島神宮で最高位である大宮司職から職権を簒奪したわけだ。


「そ、それは……」


「もし我らが神罰を食らうというのであれば大宮司から職権を奪った其方等も神罰が下っているはずではないのか?」


「な、なにを」


「なに、別にそれを責めるわけではない。かつてのように壮大行司役のみをやって貰おうと思うが良いな?」


 鹿島次郎通幹が悔しそうにしている。


「なお受け容れられぬと言うなら流罪か所払いかどちらかを選べるぞ」


 流罪は要は北方開拓なわけだが、佐竹義重・義宣親子みたいに纏めて毒殺しないだけ有りがたく思ってほしいもんだ。


「そ、壮大行司役、有り難く拝受いたします」


 不承不承と言ったところだな。まあ何かあれば神宮内も当家の警護局が立ち入りするから実権は前世のガードマンレベルでしかないが。


「なお嫡男と正室はこの遠野に置くこと、勝手な廃嫡や嫡子の変更は認めぬこと、もし反した場合はその家は取り潰す故、努々勝手せぬように。これは他の者も同じだ。もし受け容れられぬなら申し出るがよい。もしこの中で帰農したい者が居るならそれも構わぬし、当家は仕事はたくさんある。当家は所領を認めておらぬ故禄払いになるが役職によっては今までよりも良い暮らしが出来るだろう」


 結局半分ほどが帰農し、一部がサラリーマンに、所領を奪われると言うことで他家に逃れる選択をした者も少なからずいた。どこに逃れるのかは知らんがまあいいだろう。


 二日ほど兵を休ませ、出兵準備を進める。


「それでは当家は之より香取海を渡り下総に侵攻する」


 火薬は十分と言うほどでは無いが小弓公方を討ち取って、余り長くそのままにしていては他家が伸張してしまうのでやむを得ない。兵等には射つ時は良く狙って撃つようにと言うことと、普段より火薬の量を減らすよう通達している。


 土浦から船に乗り香取神宮の傍までやってくるがなるほど海に突き出た陸が香取神宮か。ここも確か藤原の神が祀られているんだったか。蝦夷討伐の拠点にもなったと言うし鹿島香取と大和朝廷の間のいろいろが摂関家として重要な役職を占める要因になったんだろうかとふと思う。


 そして陸には千葉の軍勢が待ち構えており、臨戦態勢をとり砲撃準備を始めたところで迎えの小舟が一艘やってきて敵対の意思は無いと言ってきたため、警戒しつつ順次上陸していく。勿論いつでも発砲できるようにして。


「下総権守千葉介勝胤で御座います」


「出迎え御苦労。阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷だ」


 千葉はなんかしらんが宗家は千葉介って名乗るんだな。なんか由来があるんだろうか。


「陸奥守様がお越しになるのを一日千秋の思いで待っておりました」


「そうか。それは随分と待たせてしまったようだな」


 待ってないで挨拶に来ればいいのにな。まあ敵対しないなら今はいいか。


「それで下総権守は如何したい」


「陸奥守様の末席に加えていただきたく」


「良いのか?知っての通り当家は所領を認めておらぬぞ」


「その代わり、それまでより暮らしぶりが良くなるとも」


「ふぅむ、まあ構わんが鶏口牛後とも言うであろう」


「史記でございますな。しかし意地を張って戦をしては民にいらぬ負担がかかりますからな」


 民思いか。まあいいだろう。


「其方が良いなら構わんが、家臣共も納得しているのか?」


「跳ねっ返り共は真里谷や小弓に下っていきました」


 お家騒動にはならなかったか。まあ家臣と言えど土豪だから情勢不利と思えば簡単に寝返るのだろう。そして小弓公方、足利義明が討たれたため弟の足利基頼が後継として自称、なんなら古河公方も倒れているため鎌倉府を自称しているようだが中々厚かましい。


「相わかった。それで一応聞いておくがなにか望みはあるか?」


「そこに居る原の居城、生実城(小弓城)を奪い返したく。そしてもし能うなら千葉郡の郡代にしていただきたく」


「功績次第で検討しよう」


「有り難く存じます。粉骨砕身、陸奥守様のお役に立ってみせましょう」


 その後千葉勝胤に連れられて小弓城から目と鼻の先である本佐倉城へと入城した。


「このあたりは、あまり山という山は無いのだな」


「話に聞きます奥羽の峻険な山々を駆けておられた陸奥守様にはいささか物足りないかもしれませぬか」


「戦がやりやすいいい土地じゃないか」


 櫓から周囲の眺めつつそう言うと千葉勝胤が苦笑いする。まあ戦ばっかでも困るわな。しかしそれにしてもこのあたりは微高地だからか田が少ないように見える。水路を引くのも大変だから仕方がないな。


「戦がなくなればこのあたりも豊かにできるであろうにな」


「この地は米が十分に採れぬ貧しい地でございます。どうか陸奥守のお力で豊かな土地に変えていただけませぬか」


「奥羽の地で色々と試しておるからな、使えそうな技術ができれば使ってみるか」


 利根川東遷事業をするか。しかしそうなると印旛沼の洪水がひどくなるんだったか。考えものではあるな。江戸を改良しなくてもいいなら東遷というよりは運河で繋ぐ程度でいいかもしれない。まあこれからゆっくり考えればいいだろう。

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