第五百十三話 つくばの戦い
小田城城下 里見義豊(三人称です)
「あまり斯様な卑怯な手は遣いたくなかったが」
小田城に押し寄せたはいいが小弓公方足利義明はどこか不満そうに言う。
「何を仰いますか右兵衛佐様(足利義明)。戦は勝ってこそでございます」
「そうは言うが左馬頭(里見義豊)よ、余は足利将軍に連なる一族ぞ」
ここ数年で所領を増やしたこともあり、足利の分家というプライドが徐々に大きくなってきているように里見義豊は思う。
「そう仰るが相手は陸奥守、比肩する者のない大大名でございます」
「何をいう。そのほとんどが米がろくにできぬ奥羽ではないか。陸奥守が言っている石高は立派なものだが実態は半分も穫れればよいのであろう?」
「まあそうですな。陸奥守は真逆の状況を新聞とやらで風聞させておるようですが」
里見義豊は懐から遠野の新聞を取り出し件の記事に再度目を通す。そこには今年も米麦ともに実り良好と書かれている。
「ふん、もしそんなに豊作であるならばなぜこちらに奥羽の米が来ぬのだ」
「そう言えばそうですな。奥羽に米麦のみならず食えるものは何でも売れるので持っていくという商人もいたようです」
「であろう。陸奥守は実際には食うものがないのだ。陸奥守からして馬の餌を食っているというではないか」
米を節約するために普段は収量のよい燕麦を粥にして食べていることが多いのだが、燕麦は馬の餌にもしていることを書かれた新聞があったことを指して足利義明は言う。
「ならば籠城させるだけで直ぐに音を上げるのではないか」
「むぅ、確かに仰るとおりですな」
「なんだ、未だ何か気になるのか?」
「いえ、このような新聞なるものを大々的に作り、噂では明とも交易しているという阿曽沼が果たして本当に飯が足りぬのか。どうにも阿曽沼の言うことが信じられませぬ」
「明と交易など勘合符もないのにできるわけがなかろう」
「そのはずなのですが」
「それも陸奥守お得意の嘘という奴であろう。そう言う噂を流せば我らの中のいくらかが動揺することを期待しておるのだ」
それなりに話の筋が通っているように思える足利義明の推測に些か士気の上がらない里見義豊も不承不承納得せざるを得ない。
「現に左馬頭、其方が動揺しておるだろう」
「あいや済みませぬ」
「陸奥守はこのような卑怯な手を使わねばならぬ状況であるのだ」
不思議な説得力を感じるが里見義豊はいまいち士気が上がりきらない。
そんなことを思っていると阿曽沼が石岡まで到達したと報告が入る。
「思ったより早いな」
「公方様、このままでは城と阿曽沼の本隊に挟撃されます」
「うむ、古河からもくるやも知れぬ。いったん金田城(つくば市)まで下がるぞ」
思い切りも良く小弓公方足利義明は兵を集めて小田城下から兵を下げていく。翌日には阿曽沼軍本隊と小田城守備隊が合流する。
「敵はどれくらいか?」
「八千ほどではと」
「ふむ、此方は左馬頭の兵も併せて一万を超えるのだったな」
「概ね倍ほどにはなるかと」
さらに翌日阿曽沼軍が小田城と小弓公方勢を分かつ桜川を渡河し始める。
「ここで討たぬのですか?」
「ふん、此方の半分しかおらぬのだ畏れるほどでもない。むしろ渡河を狙えば阿曽沼の大砲が牙を剥くであろう」
「ああ、そういえばそうですな。本当にあの大砲とやらは厄介なようで」
「それでは阿曽沼が渡り終え、油断したところを襲うぞ!」
大砲はかなり重いので川は渡れぬだろうと足利義明の言葉に一応の納得する。しかしそれでは挟撃されなくなっただけで我らの優位性を喪わせるのではないかと進言しようとしたが、既に小弓公方直属或いは今回の戦で取り立てられようという牢人共が気勢を上げている。
「公方様!危のう御座います!」
「ははは佐馬頭は心配性であるな、兄上も討たれてはおらぬ。あやつらは足利の名を怯えておるに違いない」
「それは……」
確かに古河公方は実際には討ち取られなかった。しかしそれは偶然でしかなく、足利の家名を過信する小弓公方足利義明の様子に里見義豊は嫌な予感が拭い去れない。
「当家は少し下がったところで少し様子を見る」
もはやこれ以上進言しても無駄と判断し、足利義明に里見勢の指揮を執るため離れる旨を告げ、里見の本陣に急いで戻ると陣を畳んで待機するよう申しつける。
「公方様と共に阿曽沼を襲わぬので?」
「ああ。どうにも嫌な予感が拭えん。阿曽沼のことだ下手に突っ込んでも返り討ちに遭うだろう」
そうして足利義明が将や足軽を率いて阿曽沼方に突撃を駆ける。その時、阿曽沼軍の最前から煙と轟音が鳴り響き、先陣を駆けていた小弓公方勢が倒れる。
里見義豊からは血しぶきが上がるのが見えるのみであるが、初撃は運が良かったのか足利義明には当たらず、馬廻などがスイカ割りのスイカの如く無残な骸に成り果てる。
「やはり阿曽沼は恐ろしいな。公方様は思い上がっていたようだがやはり足利の名など気にもせぬようだ。皆稲村城に引き上げるぞ」
「公方様はよろしいので?」
「生きておれば逃げ込んでくるだろう。まずは我らの命あっての物種よ」
そう告げると兵を喪うことなく里見義豊は撤退していった。
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