第五百十一話 又三郎の祝言
鍋倉城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷
又三郎の祝言を行っているその時、水戸から早舟で小弓公方が鹿島から水戸に向けて進軍していると報告が届いた。
「祝いの席に水を差すとはなんたる不躾!」
祝言を狙ってくるかなと思ったら案の定であったわけで、念のため水戸城に兵を多めに集めておいて良かった。
越後は又三郎の側室に入る安田との関係もあって今のところ揚北衆は大人しい。長尾はまだ家中が落ち着いていないようなので今のところは大丈夫だろう。
越後侵攻用の備蓄が、とも言っておれない。とりあえずは追い返すしかない。
「明日には俺も出る。大槌にはそう伝えてくれ」
俺が水戸に着いた頃には大勢が決しているかも知れないがいかないわけにもいくまい。
「なんや忙しいなあ」
「上方ほどでは御座いませんよ」
「それはそうやけど折角のめでたいことやし連歌でもどうやと思ってたんやけど」
「れ、連歌ですか」
「大宮のところにならっとるやろ?」
「それはそうですが……」
正直連歌とか和歌とかは苦手だ。
「大宮はん、陸奥守の歌はどうなん?」
「陸奥守殿の歌はまあ下手で御座いますな」
「はぁ、それはあかんな。冷泉はん連れてきたら良かったなあ」
冷泉は確か和歌の大家か。あそこは下冷泉が足利と関係が深く、上冷泉が駿河に荘園を持っている関係で今川と関係があったはず。これから今川を脅かしそうな当家にいい顔をしてくれるかな。
そういえば荘園も如何するかそろそろ考えておかないと。上方から遠く好き勝手出来ていた奥羽や荒れまくっていた北関東では無視していたがここからは上方に近くなるし公家連中も五月蠅くなりそうだからなあ。
押収してもいいけど地租と小作料の上限に相続税を設定して緩やかに農地解放を進めるのも一興か。GHQのような一気に農地解放するのも出来るだろうが商法も独占禁止法も何もないこの時代にいきなりやっても却って悲惨な事になりかねない。
あとは寺領や社領なども如何するか、こっちは相続税で縛り上げられないから如何したもんだか。政教分離とでも言って寺社領を奪うか。山門や一向宗、興福寺のように寺社領をもつから武装して政に口出しをし世を混沌となす奴らがでる。御田植祭などの祭りで使う分以上の所有は認めない方向にしよう。
まあそれ以前に歌の稽古か。いやまあこれから公家連中と付き合うなら多少なりとも巧くなるべきなんだろうが生憎と俺にはそのような才能は無いと思うのだがな。まあここは相手の顔を立てて大人しく言うことを聞いておくのが良いだろう。
◇
翌朝、出立の仕度を終えたところで又三郎が駆けてくる。
「兄上、私も一緒致します」
「又三郎、貴様は祝言を挙げたばかりだろう。今しばらくは遠野を守っておれ」
「しかし」
「この後側室も待ってるのだ。今のうちに葛子姫の機嫌を取っておけ」
そう言うと些か顔を赤くしやがって初いなもげろ。というか若いんだからもっと爛れた生活して爆発しろ。
「という訳で遠野を頼むぞ」
遠野直衛大隊一千名と共に出立する。何故か准三宮様と四条様も一緒だが。
「准三宮様に四条様、何かあったらお助けできませぬぞ」
「なぁにただの戦見物や。ちょっと離れたところにおるから大丈夫やろ」
「准三宮様に包丁する者がおらんとあかんやろ?」
「戦は水物で御座います。安全というものはございませぬと昨日から幾度も申し上げましたぞ」
「耳にたこができるくらい聞いたわ」
「なあに万一の時は巧いこと使ってくれ。そういうの得意やろ?」
いや巧いこと状況を利用しろと言われても困るのだが。
「まあ水戸城から出ないようにしてくだされ」
嘆息しながらかろうじてつぶやく。
「いやはや上方の戦と違って鉄砲や大砲がずいぶんと多いと聞いとるからな、一度見てみたかったんや」
百姓や町人共がそういうことをしているが貴族でも変わらんな。
大槌から蒸気船に乗り込み、全速で水戸に向かう。
「おお、風を受けずに海を渡れるんか!」
蒸気船は今のところ輸出していないので珍しいだろう。准三宮様も四条様もはじめははしゃいでいたが直ぐに冬間近な太平洋の波と風に耐えられず船室へと入っていった。
静かになったところで提督と共に艦内を歩く。
「今年は遠洋にいかなかったのだな」
「又三郎様の祝言などが御座いましたし、今年は久しぶりに十勝に行ったりしておりました」
「そうか。まあ海のことは貴様に任せているから好きにしたら良い。予算の許す範囲でだがな」
「青天井にはなりませんかな?」
「流石に保たんよ。経済力がまだまだだ」
「ははは、冗談です」
目がマジだった気がしたが。
「それでこれが砲列甲板か」
これまでの船よりも砲が増え、片舷二十門、これ以上増えるなら砲列甲板を二段にする必要があるとか。まあこれ以上増えては火薬の製造が追いつかなくなりそうだがな。
「旋回砲塔は作れぬか?」
「どうでしょうなあ。造船局にはまた聞いてみますが何分まだ木製ですので強度の問題で難しいかも知れません」
「そうか。まあ蒸気船というだけでも他家よりも遙かに優位であろうからそこまで望んでは高望みと言う奴かもしれんな」
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