第五百十話 准三宮再び
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
又三郎の祝言のため四条様の御息女である葛子姫が、准三宮(近衛尚通)と四条様とともに遠野へ下向してきた。今年は祝言が忙しい。戦がないからこの隙にとみんな祝言をあげていく。お陰で城の銭がすっからかんになりそうで大変うれしい。
「准三宮様、四条様ご無沙汰しております」
「久しいなあ。此度は無理言ってすまんな」
「なんの。これまでお世話になっております四条様から姫をいただけるなど望外ですよ。我が愚弟には勿体ないかもしれません」
「うむ、それはそうと陸奥守、藤子には会わしてくれへんか?」
「はい。では又三郎、四条様は任せるぞ」
「は、はい!」
嫁さんもらうからか程よく緊張しているな。
「葛子姫、愚弟が粗相をしたら後で言ってくだされ」
葛子姫も緊張しているのかにっこり笑うだけだった。
「藤子、入っていいか?」
「はい。どうぞ」
「藤子!」
「お、お父様!どうしてここに!?」
「藤子!ほんまに痩せてしもて、飯は食っとるんか?」
「はい、隆益様の包丁と医師の皆様のお陰で最近は少し食べられる量が増えましたの」
皆の献身的な助けのお陰で危険な状態からは少し持ち直してきた。熱も落ち着いてきて、まだ痩せているが血色が出てきている。
「さよか。それならええんや、お前からあんな今にも死にそうだから慶子も阿曽沼に嫁がせてくれとか文を出されてはいても立ってもおれんかったぞ」
「ごめんなさい。でも万一があったときに近衛と阿曽沼を繋ぐために慶子の嫁入りは必要だと思いましたの」
「藤子は病で心も弱っていたのでしょう」
実際あのときはかなり精神的にも追い詰められていたようだし。
「子が居るのに阿曽沼との縁が切れるわけもなかろうに」
准三宮がやや呆れたように嘆息する。思ったより元気そうで気が緩んでくれたかな。
「あのときはなぜかそう思ってしまいましたの」
「まあ病とはそういうものだ。病は気からではあるが、病で気を病むこともあるだろう」
「ふふ、でも慶子を阿曽沼に嫁がせるのは今でもやってほしいと思っていますわ」
「それは構わんけどな、陸奥守、其方はええんか?」
「私に近衛から二人もというのは如何かと思います。故に孫三郎でよければ」
そう言うと少し准三宮が腕を組む。
「実はな、幕府から大樹に嫁いでくれぬかと言われておってな」
「なんと」
そう言えば足利義輝とか足利義昭とか産んでたんだっけか。
「幕府との誼も大事でございましょう?」
「それはそうなんやけど、陸奥守が古河を倒して関東管領を越後に追い出してからというもの幕府は誰の目から見ても衰えとる。今更ここで娘をいれるのもどうかと思ってな」
上方ではそんな事になっているのか。
「大樹(足利義晴)も管領(細川高国)と弾正少弼(六角定頼)に担がれてなんとかやっとるけど、それも上方の半分だけ。残りは阿波の聡明丸(細川晴元)が担ごうとしとる足利義賢(義維)につくか、本願寺や興福寺のように我関せずを決め込んどる」
「むう思ったより幕府は弱っておるのですな」
「そうや。しかも大樹は大樹で管領と仲違いして朽木谷に下向してもてな、この機を逃さんと聡明丸が足軽を集めとるようでな」
「ふぅむ、なるほどっとこんなことは藤子のいる前でする話ではございませぬ」
「おっとせやった。思ったより藤子が元気で気が緩んだわ」
「ほほほ、お父様も御屋形様もお気になさらず。特に御屋形様のお仕事姿を眺めているのが藤子の一番の薬でございますので」
仕事中の姿を見たいとは物好きだな。
「でもそうですね。お父様も折角こちらにお越しになったのですから桃子と大丸の顔を見てきてくださいな」
「お、おお、せやったな。それで大丸が陸奥守が黄泉から引き上げたとかいう子か」
「黄泉から連れ戻ったなどとなれば
流石に死んじゃったら無理だよ。
「いやはや陸奥の新聞なるものが流れてきてそんな事があるのかと目を疑ったが、ほんまやったんか」
「そうですのよ。あの子があのまま黄泉に行っておりましたら私も連れて行かれていたかもしれません」
あとから考えればそうだね。うまく蘇生できて良かったよ。
「まあそんな霊験あらたかな子に肖りたいのう。そういうわけで陸奥守、藤子、あては孫らにあってくるからまた後でな」
うきうきしながら部屋を出て子らの部屋へと案内されていく准三宮を見送る。
「いつの時代も孫が可愛いのは変わらんのだな」
「御屋形様のいた時代も同じでしたか」
「そうだ。これは変わらないな」
程よく距離があるのがいいのだろうな。
「ふふ、それと慶子が嫁ぐのはどうなったのでしょう?」
「それはまた後ほど、宴のときに確認するさ」
半刻ほどして桃子と大丸のパワーに圧倒されへとへとになった准三宮と合流し、早めの宴が始まる。
「畜肉をお出ししましたが舌に合いましたでしょうか?」
「いやはやこの豚はうまいな。この柔らかく醤油で炊かれた肉もうまいし、揚げ物になってるこれも実にうまい」
角煮ととんかつ、まあみんな好きだよね。前世みたいに脂たっぷりの肉ではないしとんかつソースも無いけどすりごまと醤油で食べるのも悪くない。
「それにこの酒もちときついけど美味いな……あ、でもあかん、目が回ってきた」
粕取り焼酎は清酒の香りしつつもしっかり焼酎で度数高いから、強い酒に慣れていない准三宮ら上方勢のほとんどがどんどん落ちていった。
そんななか四条様は一人起きている。
「四条様、お口に合いましたでしょうか?」
「ああ、どれも美味いな。この酒らも食事に合うように調整されとるし、あいつの包丁もそろそろ朝議で出せるやろ」
「父上、真ですか!」
「嘘ついてどうすんねん。陸奥守には申し訳ないがそういうことでそろそろ京に戻ってきてくれ」
「陸奥守様、よろしいでしょうか?」
「いいも何も四条様は某の臣ではございませぬ」
ほとんど包丁番になってたから惜しいけど仕方がない。
「四条様のお陰で当家の食事がようなりましたから感謝してもしきれませぬ」
「ほほほ、隆益が内裏での包丁に慣れたらあてがかわりに包丁したるからそれで堪忍してくれ」
「それはそれで畏れおおございますな」
そうしてこの日の宴は終わった。早めに酔い潰したおかげで酒の消費量が少なくすんで助かったぜ。
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