第五百九話 詮貞君の祝言

浦塩(ルースキー島) 斯波詮貞


 浦塩領事となって四年、春宮様からの宸筆を頂きこの地に来たのはいいが商いの管理だけではつまらない。かといって軍を動かそうにも俺が直接指揮を取れるわけでもない。近くの賊らが攻めてきたときにはお飾りとは言え大将をやれるので、その時ばかりは憂さを晴らすように斬りまくっているわけだが雑魚ばかりではな。


「はやく戻って坂東武者や越後の守護代と槍を交えるか、陸奥守様の許しを得て我儘な朝鮮の役人を討つかしたいなあ」


「しかしこの浦塩領事は陸奥守様と春宮様の命でございます」


 この浦塩にも付いてきてくれた稲藤大炊助がそう言う。


「それはわかっておる。俺をここに置いて謀反させぬために陸奥守様が奏上なさったのであろうよ」


 伊達や最上等には任せられぬとは言われたが正直微妙なものだ。


「そう仰らずに……それよりも今宵は近くの村の長が来るというではないですか」


「ん、ああそうだったな。支度はすんでおるのだろう?」


「勿論です」


 昼過ぎに多数の小舟が浦塩に到着する。


「来たか」


 ウディゲというここからもう少し北の土地に住む、普段は黒貂などの毛皮を持ってきて商いをしている者たちだ。黒貂の毛皮は一部を上方の商人が買っていくが、大抵は明の商人が大金で買い占めていく。明とは金持ちな国なのだと実感する。陸奥守様はそれでも日ノ本が一つになれば明にも負けないと言って居られたが冗談の類であろう。


「よく来られた」


「いつも世話になっとるね」


 勿論日ノ本の言葉ではないが数年こちらに来て事あるごとに面談をしているうちに簡単なやり取りがお互いできるようになってきた。


「今日は如何した?」


 普段なら商売と言ったところだろうが今日はそういう雰囲気ではない。


「これからもよろしくしてほしくてね」


「こちらこそだ。しかし斯様なことを言うために来たのか?」


「実はね、我らの娘を貰ってほしくてね」


「そこの娘か」


 年頃の娘が少し頬を紅に染めて佇んでいる。


「以前一緒に狩りをしたときにな、どうも惚れたようでな」


「おお流石は色男ですなあ」


「大炊助うるさいぞ」


 稲藤大炊助が茶化してくるがそんなに接点はなかったと思うのだがな。


「厚意はありがたい。しかしこれは御屋形様に推し量らねばならぬ」


 祝言する相手を得た場合は報告し許可を得るようにとされているため、この場で即答はできない。


「なぁによほどのことがなければ御屋形様は禁じられることはないといいますぞ」


「そうかな?」


「そうですよ。何より殿もあの娘に悪い気はしておらぬでしょう?」


「それはそうだが」


「であれば陸奥守様は問題ないでしょう。むしろ千寿院様がどう思われるかですが」


「母上か、確かに何と言われるか想像だにできんな」


 あまりそういう話をしたことが無かったからわからん。陸奥守様の許しを得れば何か言われることはないとは思うけど。


「まあそういうことで一度遠野に顔を出さねばなるまい」


「不在の間はこの大炊助が取り仕切りますのでごゆるりと羽根を伸ばしてきてくだされ」


 こちらの話は纏まった。


「それでその娘は名をなんと言ったか」


「ライサでございます」


 娘が自らライサと名乗ってくる。切れ長の一重と編んだ髪が映えるきれいな娘だな。


「えっとそんなに見つめられますと…」


「す、すまぬ」


 相手は年頃の娘、じろじろと見るのは失礼であったな。


村長むらおさ殿、殿とライサとやらととも御屋形様に挨拶に行かれては如何ですかな」


「若いのはいいですな。それはそうと一度貴方がたの仕えている人にあってみたかったのでありがたい」


「殿が居れば問題ないでしょうが、一筆添えておきましょう」


 俺に着いてきた者たちのいくらかは近くの娘を引っ掛けたようだが、まさか俺もそうなるとは。陸奥守様にはなんと報告すればいいのやら。



高水寺城 千寿院


 くしゅん!


「千寿院様、お風邪ですか?」


 下女が心配そうにこちらをみてくる。


「いえ、急に鼻がむず痒くなっただけです」


「では何方かがお噂なさっているのかもしれませんね」


「私をですか?」


 私を噂するなんて旧臣の誰かでしょうか。


「それにしてもそろそろ嫁が欲しいわね」


「浦塩に往かれてもう数年経ちましたからね。そろそろ身を固めていただくお歳ではあるかと」


「御屋形様にお願いしてどこかいいところから嫁をいただけないか相談しましょう」


 しかし数日後大槌の湊にあの子が帰ってきたとの知らせが飛んできました。


「なにやら大層な土産があるとのことですが」


「見慣れぬ装束の者を連れてきたようでございます」


「明か朝鮮の方でしょうか」


「そこまでは……」


 そして私に鍋倉城へ登城せよという知らせも来たので急いで支度をし、鍋倉城に参上いたします。


「母上!」


「まぁまぁ顕貞や立派にやっていましたか」


「ええ、恙無くお役目を果たしております」


「それで急に帰って来るなど、一体どうしたのです?」


「実はその、室を得ました」


「へ?」


 詮貞の奥に変わった衣装の娘とその親くらいの男が座っています。


「向こうの村長の娘です」


「まぁまぁまぁ!そろそろ身を固めて欲しく思っていましたが、そうですかあの娘が……そう、惚れたのね」


「え、いやそれは……」


「どこかいいところからと思っておりましたが、海軍提督も十勝の娘を娶っておりますしそういうこともあるでしょう」


「反対なされないので?」


「息子の晴れを拒む親が一体どこに居ましょうや。その娘、名前は?」


「ら、ライサと申します」


「あら、我らの言葉もできるのね」


「お付き合いさせていただいておりますので」


「まああ!こんないい子との祝言をまたせるなんてなんてことをしていたのかしら」


「い、いや母上、付き合いがあるのはこの村とで、ライサとでは……」


「おだまりなさい!武家たるもの言い訳は見苦しいですよ」


 そう言うと、少し顕貞がふてくされますが女に恥をかかせるなど許されるははずもありません。


「それで、祝言はいつ?」


「祝いの支度があるから一月待つよう言われております」


「そう、じゃあ高水寺でも支度しておくわね」

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