第五百八話 明の貿易制限

水戸城 阿曽沼遠野太郎親郷


 夏頃から小規模な部隊で領内への嫌がらせのような攻撃が散見されている。小手調べなのか本格侵攻してくる前触れかははっきりしないが即応できるよう水戸に出張ってきた。


「鹿島勢もいると?」


「はい。どうやら小弓公方に丸め込まれた様子です」


 左近と袰綿ほろわた勘次郎から国境周辺の情勢を聞く。


「神宮はどうか?」


「神宮からは鹿島の排除の要望が来ております」


 鹿島神宮はもともと藤原の神宮だから鹿島神宮の神官職を簒奪した鹿島氏を排除したいようだ。


「今年はこちらから仕掛けるつもりはないのだがな」


 気安く打ち払って欲しいと言われても火薬が足りないんだよ火薬が。くそっどこかに野生のハーバーとかボッシュとかソルベイが歩いていないかな。


 とりあえず硝石の輸入で対応するしかないが、明から買えるだろうか。輸出している紙は品質が向上してきてかつ安いおかげで明向けの商売は良好なようだ。規制が掛かりそうではあるがやってくる明の役人に銀を握らせ歓待することでとりあえずなあなあで商売できていると。


 硝石や鉛なんかは売ってくれるのかわからないし、本当は書籍とかの知識が欲しいんだが仕方が無い。


 明と言えば提督からの報告だとポルトガル船が広州などに現れ始めたというし、大内と管領が勘合貿易のいざこざを起こしたというがなぜかその場所が寧波だと言うことで日本船が直接明で売買できなくなってしまったらしい。当家は直接明と取引しているわけではないが何らかの影響が出てもおかしくないのよな。


「殿、ため息が」


「すまぬ。いろいろ考えているとため息の一つも吐きたくなってしまってな」


 そういえば十年くらい前には対馬の民が朝鮮で暴れて貿易に制限がかかったと言うし、生活のためとは言え血の気が多すぎだろ。その後は交易再開していたようだがどういう交渉をしていたんだろう。


「左近、船乗り衆にも人を入れておるな?」


「無論でございます」


「なんとか対馬や壱岐、博多の船に送り込めないか?」


「難しゅうございますな。対馬や壱岐は特に話し言葉がかなり違います故。博多であればなんとかなるやもしれません。それでも信用を得るには数年いただくことになりましょうがなんとかやってみましょう」


「無理はしないでいいさ。其方等のほうが大事だからな」


 交渉記録が手に入ればいいがどうだろうな。対馬側から手に入らない場合は朝鮮側から交渉記録を得られるだろうか。交易拒否するならそれはそれで構わないのだが上手くやれば対馬を討伐する口実が得られるので出来れば欲しいところ。


「承知しております」


「それとだ毛利に人を送り込んでほしい」


「毛利とはどこの毛利でしょうか」


 左近が不思議そうに問うてくる。そう言えばまだ安芸の毛利はまだ弱小だったな。他にも越後や源姓毛利が美濃にいるようだ。


「安芸の毛利だ」


「殿、それは如何なることで?西国であれば大内や尼子、或いは大友では御座いませぬか」


 左近も勘次郎も不思議そうに首をかしげる。


「警保局長の言うとおりです。毛利は尼子と大内の間で揺れ動く土豪に過ぎませぬ」


「なにあれはこれから大きくなるぞ。それと三好と尾張の織田にも人を入れてほしい」


「はぁ、殿の下知で御座いましたらそのように致します。三好は阿波家の重臣で御座いますな。織田は大和守家と伊勢守家でよろしゅうございますか?」


「いやその二つはいらぬ。入れてほしいのは弾正忠家だ」


 三好に関しては納得といった風だが弾正忠家は毛利と同じく何故そんなところをと言いたそうな顔だ。


「あぁまあ確かに尾張の中では力をつけてきている家では御座いますが」


「弾正忠家は商いを重視しており大和守家や伊勢守家を直ぐに凌ぐさ」


 戦争は今も昔もそして未来も経済力が重要な因子だ。そして何より尾張では織田信長がこれから現れるはずだ。それに豊臣秀吉も。今川にチャチャを入れるから家康が家康になるかはわからんけど。あのあたりの情報はなるべく確度の高い物が欲しい。


「商いに力を入れている家であるから人の行き来が多くなり、自ずとあのあたりの話も聞こえてくるだろう。もちろん葛屋と住友にも熱田に店を構えるよう伝えては居るが何が有るかわからぬから其方等の手も借りたいのだ」


「なるほど確かに商いで人が集まれば話しも聞きやすう御座いますな」


「それとな小さな国人、土豪と思っておると足下を掬われるぞ?俺みたいなのが居るかも知れぬからな」


「ははは、と、殿のようなお方が二人と居ては大変な事になってしまいますな」


 勘次郎が乾いた笑い声をだす。しかし居るんだよなあ。それに転生者でなくとも三好長慶は天下人まで上り詰めた逸材、毛利元就は謀神だし織田信長は第六天魔王で、何れも前世の知識チートなどがなければ俺なんぞでは敵わぬだろう天才達だ。


「まあそう言う可能性はあるわけだ。用心するに越したことはなかろうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る