第五百七話 後柏原帝の崩御

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 田植えが終わり、そろそろ梅雨になりそうなその時に知らせが届いた。


「帝がお隠れ召されたと!」


「せや。それであては一旦京に帰らなあかん」


 そりゃまあ皇族である親王殿下が葬儀に出ないわけには行かない。そういえばこの時代は葬儀もままならなかったと言うな。まあこの世界線では俺が金を出すから資金面では問題が無い。


「春宮様が践祚なさったのでしょうが幕府は何か言っておりましょうか?」


「それはわからんな。まあ我らが政に首を突っ込まぬ限りは何かと言うことは無いだろう」


「左様でございますか」


 ではまあ皇室そのものはそっとしていて頂こう。


「そうなりますとやはり宮様が当家で色々なさるのはよろしくないのでは?」


「其方はいつもそれだな」


 渋い顔をされるが立場を考えてほしいだけだ。


「それはそれとして大嘗祭の費えが必要で御座いましょう」


 前回に続いて今回の大嘗祭も当家がスポンサーになればどうにでもなるだろう。


「それはそうだが其方だけが出すようでは幕府も公家連中もいい顔をせぬでな」


「面倒ですなあ」


 先立つものも無いくせにプライドだけはいっちょ前ってのはな。口出しするなら手を出すか金を出すかはするべきだろう。


「とりあえず幕府が費えを出せるかどうかというところからや」


 一応幕府があるわけだからまずは幕府に費用を出させる訳か。なら幕府に献金するか?しかしそうしても戦費に回るだけで大嘗祭には回らんだろう。が、いやそうかそうだな。まずは幕府に献金しよう。そうすれば俺が幕府に敵対する気がないことを一応はアピールできるだろう。そして実際に大嘗祭が為されなかったとなれば。


「わかりました。では当家は大樹に献金致します。そうすれば幕府も面子が立ちましょうし、当家も悪くありません。何より大嘗祭を執り行うことが出来ればよう御座いましょうから」


「急にどうした?其方の事だからなんぞ悪巧みをしたのだろうが」


「何を仰いますか。某これでも天下の泰平というものを欲しておりますよ」


 戦国大名ではあるがこれでも平和を愛しているのだよ。でも狙われるし、為すべきなら為さねばならない。


「おって新聞などで当家の献金額等を公表いたします」


 献金など受け取っていないと言われては此方の正当性が毀損されるからな。


「ほんま其方が怖いわ。それで何をしたいかまではよう聞かんで」


「何、当家がより狙われるだけに御座います」


 得た北関東の土地が落ち着くまでは防戦になるだろうがそれ以降は反転攻勢が可能になろう。


「まあそもそも幕府が私用しなければ良いだけで御座います」


「それは正論やけどな」


「わかっております」


 一応旅費と多少の献金を持たせて宮様を送り出す。


 あとは幕府がどう反応するか。まあ幕府は管領なり他の誰かなりに責任を押しつけて知らんぷりするかもしれんが。


「殿?帝が亡くなったって本当?」


「ああ本当だ」


 雪は知ってたんじゃないかな。


「史実だとすんなり即位じゃなかったんだったっけ」


「そうね。幕府にお金がなかったから幕府から予算を出して貰う皇室もお金がなくて葬式もろくに出来なかったし、大嘗祭するまで十年かかっているわね」


「十年はさすがに酷いな」


「それだけ幕府に力がなくなっていたのね」


 まあ今も上方では戦が絶えないようだから力がなくなるのも仕方が無いか。


「まあこの世界ではそうはさせんさ。何万疋必要か知らんが俺が全て出しても言い」


「流石ね。格好いいわよ」


「棒読みされてもなあ」


 銅山があるから銭が必要ならそれだけ作れるのが強いな。


「銅山はでも田老のだけなんでしょ?」


「尾去沢で銅と金が見つかったからな」


 伝承では和銅元年(708年)に銅鉱が見つかったそうだが本当かどうかはわからない。


「尾去沢?どこよそれ」


「どこって言われると、ええと確か十和田湖の近くだ」


「へぇあんなとこに銅があったんだ」


「ああ、さらにお誂え向きに十和田湖の傍に鉛山が見つかったから灰吹きに使えるぞ」


 小坂鉱山だと思っていたが十和田湖の西岸にも鉛鉱山があったとは。これで細倉鉱山と併せて鉛の供給が安定するだろう。


 灰吹法に使用するだけでなく銃砲弾にも使える。鉄の弾だと腔発が怖いから隙間を大きくせざるを得なかったから、鉛になることで射程が伸びるだろう。さらにライフリングと褐色火薬の実用化が為った暁には幕府などあっという間に叩いてみせるわ。


「というわけであんまり幕府自体は怖くないんだよね」


「どういうことでという訳なのかさっぱりわかんないんだけど、あんまり舐めてると足下掬われちゃうわよ」


「それはそうだな。とは言え先帝がお隠れ召されたのだから一年は喪に服すことにして国力の涵養に努めよう」


 敵方に余裕を与えることにもなるが、工業の進展に鉱山開発や北上川周辺の開墾、さらにはジャガイモの栽培で国力の余裕が得られればもはや止めるものは硝石の生産くらいになるか。


 問題は敵が待ってくれるかだな。小弓公方が怪しい動きをしておりいつ此方に討って出てくるかわからん。得た関東の地が落ち着くくらいは待ってほしいがそんな悠長に待ち構えてくれるはずはないよなあ。

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2024年9月21日 18:00

転生を望んだら戦国時代の遠野に来ました 海胆の人 @wichita

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