第五百六話 紗綾に弟子入り
鍋倉城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷
絵師を名乗る身形のいい者を捕らえたと知らせが入った。
「何者だ?」
「わかりませぬ。間者かも知れませぬ」
「とりあえず連れてきてくれんか」
一刻ほどすると狩衣姿の男が連れてこられた。
「お初にお目に掛かる土佐左近将監で御座います」
「阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷だ。なるほど土佐殿か。乱暴に扱って申し訳ない。御父上の活躍はかねがね耳にしている」
絵師の
「とんでもございませぬ。陸奥守様のお耳にも入っていたとなれば亡き父も喜んでいるでしょう」
八代将軍足利義政に気に入られ、絵師として異例の高位である従四位下刑部大輔にまでなった土佐光信はなんでも去年死んだそうだ。
「ふむ、それでだ何故この遠野に来たのだ?」
「無論絵を学びに」
「絵を?当家は絵師を抱えておらぬぞ?」
「なにを仰いますか、紗綾殿が居るはずです」
「紗綾だと……いや確かにいるが奴は絵師ではないぞ」
まあ絵草紙、というか漫画は描いてはいるな。
「某は紗綾殿に師事したく下向したのであります」
「そ、そうか。では呼び出す故暫し待たれよ」
その間に上方の情勢を聞いていく。
敦賀にて朝倉と六角がぶつかり両者痛み分けになったと。数では敦賀に攻め入った六角が勝っていたにも限らず朝倉宗滴の活躍で六角は兵の犠牲が大きくなったという。しかし六角が火薬を多用したお陰で敦賀の町の大半が消し炭になってしまったというからお互い軽くない損害だな。なんなら一向宗との戦に影響しそうな分朝倉の方がやや不利か。六角はこの隙に畿内での影響力を増すだろう。分裂している細川に代わって上方をまとめ上げられると少々きついな。だからといってなにかできるわけでもないが。
朝倉を仲間に出来れば良いが、同盟は出来ても恭順はしてくれそうにないんだよな。とはいえ越後の後を考えれば一向宗との戦になるだろうから朝倉に接触を試みるくらいは良いか。一向宗を討ち果たした後は恐らく敵対するだろうが暫し呉越同舟と洒落込むか。
とそこで紗綾が入ってくる。
「お待たせしました。紗綾でございます」
「なんと!女だったのか!」
突然の言葉に紗綾が驚いている。
「紗綾は奥仕えの下女だ」
「そ、そうでございましたか。てっきり男だとばかり、あいえ、女人であろうと構いませぬ!私に絵を教えてくださらんか!」
「えっえっえっ、どどどどういうことですか」
「おっと申し遅れた。私は上方で絵師をしております土佐左近将監でございます。上方でも紗綾殿の草紙や絵草紙を目にすることが多く、特に絵草紙の筆の運びが実に独創的で御座いまして。それと此方の見開きの絵や表紙にかかれたこの絵なども実に生き生きしたそしてこの影で御座いましょうか?之までの我らの技法では無かったこの絵の描き方というものを学びたく」
などとすごい早口で話している。こいつたしか土佐派の重鎮だったとおもうんだがやっぱ知らない技法となると興味が出るのだろうか。
しばらく立て板に水の如くであった土佐光茂が満足したようだ。
「そういうことで左近将監を紗綾に預けたいのだが良いか?」
「ひぇっ!そそそそんな私のような者に左近将監様のようなお方が師事するなんてあり得ません」
「そこを伏してお願い致す!」
「紗綾、立場の違いを気にするのはわかるが左近将監もこう言っているのだから意を汲んでくれんか」
「ししししかしですね私は雪しゃまの下女で御座いまして、私の一存では」
「それもそうか、済まんが雪も呼んできてくれんか」
雪がやってきて土佐光茂と挨拶し合った後に簡単に経緯を説明する。
「なるほどね。ま、いいんじゃない?」
思った以上にあっさり許可が下りた。
「それでもそうね、格がってことなら苗字はあった方が良いんじゃないかしら」
「それはそうだな。では紗綾何か名乗りの希望はあるか?」
「……でしたら高橋を名乗りたく存じます」
「あいわかった」
元々高橋という家の娘であったな。俺の許諾に紗綾も心なしかほっとしたよう、嬉しそうに涙している。魂の一部は転生のようだが、やはりこの時代の人だし他の家族は皆殺されたとなればお家の再興と相まって喜びも一入なんだろう。
「では高橋紗綾、左近将監を頼むぞ」
「はい。とは言え上方でも名を馳せている土佐様の助けになるかは存じませんが」
「紗綾様……いやお師匠、よろしくお願い申す」
「お師匠、ふひひ良い響きですねえ。はっ!これはいけるいけますぞぉ!」
さっきまでビビってたくせになんかスイッチが入ってしまったので雪に頼んで引き摺っていって貰った。流石にこの紗綾を見て少し土佐光茂が引いている。
「左近将監、ついでですまんがこの城の襖に絵を描いてほしいのだ。内容は任せる」
「お師匠は描かれぬのですか?」
「紗綾はあまり大きなものに描くのが得意ではないようでな」
ポスターとかならいけるようだが内容がいまいち信用できぬからなあ。
「承知しました。この地に留まる礼として誠心誠意描かせていただきましょう」
これでただの板襖だったこの城も華やかになり、文化面のさらなる発展も期待できそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます