第五百二話 又三郎の祝言(準備)

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「ふむ又三郎、其方の祝言か。申し込みは四条様からも来てるんだがな」


 大見安田から申し込まれたという知らせが又三郎の帰還と共に齎された。


「安田の申し出は断りますか?」


「いや、越後の今後を考えれば受けてよい。が、四条様の申し出を優先としよう」


 まあいきなり二人も奥さん出来ると大変だと思うがそこは頑張って貰うしかないな。何にせよ揚北衆としてはやや格が落ちるが戦をせずに越後での影響力を増せるのだから言うこと無しだ。


「あいわかりまいた。しかし四条様の姫ですか」


「包丁は四条様仕込みらしいぞ」


「おお、それは嬉しいですなあ」


 四条様の姫ならば包丁などやらないような気はするが家庭環境的に親がやってると興味を持つ物なんだろうか、それとも当家に嫁ぐから興味を持ったのかはわからんが美味い飯で又三郎の胃袋を掴んでやれば安泰だろう。


「左近、あのあたりの情報はあるか?」


「は、此方に」


 差し出された書類を読んでいくと越後にはもう一つ安田があって其方は北条きたじょう氏と同じく大江氏系で、揚北の安田は越後平氏の城氏の後裔であり関係が無いそうだ。そしてあの阿賀野川下流域というか信濃川と合流するあたりは酷い湿地帯で米の質も悪く鳥すら食べないほどだというから驚きだ。前世では日本有数の米所だったのにな。


 そして揚北衆は大きな勢力が北から羽越国境からすぐの大川城(羽越本線府屋駅近辺)を拠点とする大川氏、本庄氏から別れて大場沢城(現大葉沢城跡)周辺を治める鮎川氏、前世であれば世界初の鮭の自然孵化増殖を実現させた三面川に面した本庄城(村上城)を拠点とする本庄氏、平林城を拠点に越後荒川周辺を所有する色部氏、多以奈川(胎内川)右岸を治める黒川氏に同じく多以奈川左岸周辺を治める中条氏、加地荘(加地川右岸)、加地氏の庶流だが本家を凌駕しつつある新発田氏などが割拠している。


「ずいぶんと細かいな」


 かつての我らも細かかったがそれでももう少し広かったように思う。まあ大半は役にも立たない山だったり山背に悩まされる人口希薄地帯ではあるが。


「その中で強力なのは本庄、色部、中条、新発田かと」


「いずれも鎌倉開府以来の地頭でして自尊心は高う御座います」


 中々纏まらぬ土地とは認識していたが改めて聞くと面倒に思う。


「手間取っては守護代が出しゃばってくるな」


「兄上、如何致しましょう」


「とりあえずは中条と誼を結び以て反応を見れば良かろう。城代を続けたいというのもあいわかった」


 守護代にも守護にも反発する輩達だからどう出るかよくわからん。当家に下るならよし、下らぬなら討ち滅ぼせば良し。下ったとしても叛乱するかもしれんから早いうちに所領から引き剥がさねばなるまい。


 下ってきてもそうで無くても手間は余り変わらんか。しかし中条は城代をしたいか。まあとりあえずは許すとしかないか。


「それはそれで仕度をしよう。それでだ大江太郎四郎が足橇を使いたいとな」


「そうすれば冬場にも戦ができると」


「そんな生半可な雪でもなかろうに……」


 あのあたりも豪雪地帯で冬場は概ね雪か曇りかという土地だったはずだ。研究自体はしていて少数の特殊部隊はなんとかなりそうだが大部隊でというのは難しいな。


「ただ発想は面白い。越後や出羽出身者主体の練兵を作ってみよう。あれらなら我ら陸奥の者より雪に慣れているだろう」


 そういうことでとりあえず又三郎の祝言をとりまとめ四条様と中条に遣いを出す。


「又三郎にはああ言ったが恐らく当家に靡くこともなかろう」


 又三郎が退出し左近と二人話を続ける。


「左様ですな」


「左近、保安局のものを幾人か揚北の各地に潜り込ませてくれんか」


「ご心配なく、既に流民を装って入れております」


「相変わらず優秀だな」


「お褒めに預かり」


「流民だけではなく商人としても入れてくれ」


「はは、では葛屋と酒でも飲みながら話をつけて参りましょう」


「酒、か。雪が酒粕から酒精を取り出すのに成功してな。少しきついが其方の意見も聞きたいのでな」


 樽に詰めた粕取り焼酎だ。風味は日本酒ながら焼酎の度数でなかなか面白い飲み物だ。


「酒粕から酒を造られたのですか?」


「ああ、粕にはまだ酒精が残っておるからな。もったいないであろう?」


 焼酎にすれば腐りにくくなるしな。


「それともう一つ。こちらも同じく酒精から取り出したものだ」


 此方は甕に入れたものだ。


「これは?これも酒でございますか?」


「一口で目が散り、盃一杯で命が散る毒酒だ」


 少し誇張しているがまあ嘘ではない。焼酎が出来るまでに幾人かの囚人が死んでしまったがそれも詮無きこと。酒だと喜んで飲んだら毒だったのだから、飲まなかった囚人共は酒を見るだけで怯えるようになっちまったそうだ。


「せいぜい飲まぬようにな?」


「しょ、承知しました。しかしこれを某に渡すということは……」


「越後守護代と今川上総介が飲む酒に混ぜてほしい」


 越後は言うまでも無く、駿河が混乱すれば新九郎はますます俺に依存するしかなくなる。新九郎、君は良い友人ではあるが生まれた時代が悪かったのだよ。


「な、中々難しゅう御座いますがなんとかやってみましょう」


「なに実際に殺れずともいい。両家で混乱が生じれば良いでな」


 やはり正面からでは難しいなら搦手が良いな。そればかりというのは怪しまれるから多用は出来ぬが偶にはな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る