第五百一話 小弓公方の動きと越後の動き

小弓城 小弓公方足利義明


「兄上(足利高基)のご容態は聞いているか?」


「は、戦により足が動かぬままとは聞いております」


「しかし何度聞いてもわからぬ、確かに鉄砲や大砲は強力な武具のようだが倍する兵をもった兄上がこうも簡単に負けるとは」


 小弓公方を自称する足利義明が、小弓公方の立役者である真里谷恕鑑に問いかける。


「なんでも皆が寝静まった頃を見計らって戦を仕掛けたとか」


「阿曽沼が卑怯であるのは違いないが、兄上も数に頼んで油断をしたのであろう。その後の越後守護代との戦では勝ちきれなかったようであるしな」


「越後守護代は戦上手で御座いますから」


「であれば阿曽沼を討つときには出張って貰わねばならんな」


「しかしそれを見越したように阿曽沼も越後に攻め入っておりますので守護代も動きにくいでしょう」


「中々思うようにはならんのう」


 と一つ溜息をついて足利義明が話を続ける。


「やむを得無きことかと。とはいえ今年はもう阿曽沼も兵を出さぬようですし今のうちに我らは我らの足場を固めて参りましょうぞ」


「そうだな。それで江戸湊と品川湊に攻め込む仕度はどうか?」


 扇谷の分裂により難波田城を経由して鷺宮神社の西隣にある栗原城に逃げた上杉朝興と上田氏に攫われて松山城へと入った藤王丸抱える勢力に二分されている。


 この混乱で江戸湊と品川湊が宙ぶらりんの状況となっていることから、この機に小弓公方の勢力下に置かんと出兵準備が進められている。


「北条はどうか?」


「先の戦で当主が重傷を負ったようですから陣頭には立てぬでしょう」


「であれば出てきたとしてもなんとかなろう。ところで世田谷殿(吉良頼貞)と里見は如何か」


「双方滞りなく」


「北条が左衛門佐(里見実堯)と接触を試みておったようだが」


「先の小田原攻めと新九郎が大怪我をしたことで動けなくなったようでその後どうなったかまでは」


 上総侵攻を目論んでいた北条は武蔵侵攻に併せて上総侵攻の足がかりを作ろうと里見実堯に接触を試みていた。


「北条もな、阿曽沼への援軍を素通りさせてやったのだから何らかの見返りが欲しいものだな」


「品川まで行ったついでに鎌倉を頂戴しては如何でしょうか」


「そうするには正木の水軍をなんとかせねばな」


「ではこういうのは如何でしょうか」


「ほう……ほう……それは良いな。よしそれでいこう」



越後五泉城 阿曽沼又三郎郷治


 越後制圧の足がかりとして五泉城を得たのはいいが、この先は広い湿地で守るにはいいが攻めるには進みにくい。


「まあ攻め込むのが難しいというのはやむを得んさ」


「しかし又三郎様、ここにとどまっているだけというのは退屈でございます」


 大江太郎四郎孝広が口をとがらせる。


「そういうな。このあたりは足場も悪く攻め入るには難しい土地だ」


「そりゃあそうですが……そうだあの足橇スキーは使えませぬか?」


「確かに足橇が使えれば雪の中も攻められようが……太郎四郎、お前さんはあれを使えるのか?」


「うっ……気合でなんとかなりまぁす!」


「馬に乗るように足橇を使えねば意味がなかろう。まあ役に立つから今年はあの足橇を使った訓練をしようか」


 やや呆れたように又三郎が応じる。


「それにだ。この地での民の支持も得ねばならん」


「それは……?」


「この地の田畑を良くすることだな」


 具体的にこの地域最大の川である阿賀野川に堰を設けて用水を得ようという計画を話す。


「む、むぅ流石は又三郎様、御屋形様の弟君だけありますな」


 近習の久慈佐兵衛治継が唸る。


「しかし又三郎様、いきなりあの大きな川に堰を作るというのはいささか難しくありませんか?」


 工藤権太延清が大工事は難しいのではないかと応じ、又三郎もそれは承知しているという表情をする。


「そこでだ、まず早出川に堰を設けて用水を作り、其の経験を以って阿賀野川に堰を作ろうかと思う」


「なるほど。確かに先に小さめの物を作ればそこで得た経験を元に作れるかもしれませぬな」


 またこの地は雪が多い地であることから、雪解け水を温める貯水池も併せて作る旨を説明し、計画をより具体的に練っていく。


 百姓を集めて用水と田畑の改良を説明し、測量とより詳細な用排水路の設計を進めていく。そんなある日、其の様子を見ていた安田弥太郎実秀が五泉城に挨拶をしたいと言ってきたため遠野に遣いを出して応対する。


「阿曽沼又三郎郷治でございます」


「安田弥太郎実秀でございます。此度は目通りが叶いまして有り難く」


「とんでもございませぬ。挨拶に来られると伺ったときは驚きました」


「恐れ入ります。阿曽沼様が何やら不思議なことをなさっておりますのを見ましたものですから」


「不思議と?」


「はい。川に堰ですか、を作って水を引くなどと思ってもいなかったことをなさると伺っておりました」


「そんなに不思議でございましたか。当家では川の流れを変え水を引き田畑を作っておりますので当たり前のことと存じておりました」


 又三郎の言葉に安田実秀の表情が歪む。


「いやなるほど、これが阿曽沼様の強さの源でしょうか。うぅむ……」


 安田実秀は唸るようにして、腕を組みしばし考える。


「又三郎様、我が娘を娶ってくださらぬか?」


 突然の申し出に又三郎は目を剥く。


「あ、ありがたい申し出ではございますが」


「あいやご懸念は承知しております。先年は互いに槍を交えた間柄ではございますので」


「それもそうですが、お家の一大事ですので某の一存だけでは決められませぬ」


「承知しておりますし、又三郎様であればもっと名家の娘を娶ると思いますので側室で構いませぬ。付してお願いいたす!」


 急な申し出に又三郎がわたわたとしているところで毒沢次郎が助け舟を出す。


「大目付の毒沢次郎でござる。お申し出承知いたしました。ところで安田殿は中条殿とも通じていたはず、なにゆえ当家との誼をそこまで所望されるか」


「これは阿曽沼四天王の毒沢様でしたか。なにゆえと申されましても阿曽沼様の御威光は言わずもがなでございますし、何より川を作り変えてしまう事のできるお家に付いたほうが某も民も幸せでござる」


「なるほど。ところで当家では所領ではなく俸禄で扶持を与えておりますがそれもご承知で?」


「無論にございます。ただ能うならこのまま安田城の城代を務めさせていただければと」


「そういうことでしたら承知いたした。殿にも善く扱っていただくよう進言いたしましょう」


「有り難うございます」


「それでよろしいですかな?又三郎様」


「あ、ああ。そうしてくれ」

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