第五百話 蘇生

鍋倉城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷


 秋が深まってきたころ、正月に仕込んだ雪と藤子がそろってお産となった。二人とも既にお産を経験しているので何事もないだろうと思っていたのだが。


「藤子はまだ掛かっているのか?」


 雪は無事四人目、女子を産んでくれた。鞠は使ってしまったのと珠のような子なので珠子にした。しかし一方で藤子は難産になっておりまだ終わっていないという。


「殿、どうやら藤子様は逆子になっております!」


「逆子だとまずいのか?」


 お産のことはよくわからないが、伝えに来た下女が慌てた口調で大事になるかもしれないと言ってくる。


「なん……だと」


 筆を取り落としたところで芳婆が経過を話しにやってきた。


「雪の四度目のお産も無事終えて大義であった。して藤子はどうなっておる?」


「なんとか取り出すことは出来まして御座います」


「おお!それはようござる!」


「しかし、取り上げた後も泣かず……」


「つまり……」


 芳婆がその先を言う前に藤子の部屋に駆け込む。


「と、殿お待ちください!」


「五月蠅い!」


 力任せに襖を開けて産まれた子を取り上げる。

 口を覆ってゆっくり息を吹き込み、ついで指二本で胸を押す。確か前世で赤ん坊の心臓マッサージを目にしたときはこうだったはず。


「お、御屋形様……」


 藤子が何やら声を出したようだが、一心不乱に心臓マッサージと息を吹き込む。


「御屋形様、何をなさっているのです……」


 俺の気が触れたのかと思っているのか心配そうな声が聞こえるが、


「うっ……」


「う?」


 赤ん坊から声がしたかと思ったら次の瞬間、


「あ、あ、あ、アアアアアアー!」


 なんとか間に合ったようだ。手足も確り動かしてくれているから多分大丈夫だろう。


「し、死んだ子を生き返らせた……」


「御屋形様……」


「藤子、ようやったな!ほれ男子だ。抱いてやれ」


「お、御屋形様、御屋形様……ありがとうございます」


「何を言っておる。藤子、お前が産んだ強い子だ。大きく強く育ってくれるよう大丸としよう」


 しかし勢いで心臓マッサージなんかやってしまったんだがなんとかなったな。いやはやこの世界に来て二十年以上経ったがよく覚えていたもんだ。自分を褒めてやりたいな。


「あわわ……死んだ子を生き返らせるとは、稲荷大明神の生まれ変わりと言われておったがもしや地蔵菩薩様では……」


「いやいや牛頭天王よ!」


 あれやこれやとだんだんと騒がしくなってきた。


「ここに居ると藤子が休めんな。落ち着いたらまた顔を見せる故、藤子も確り休め」


 収拾がつかなくなる前に藤子の部屋をでて雪の部屋に向かう。


「雪、具合はどうだ」


「私はなんとも無いし、珠子も元気よ。それよりなんかみんなすごい噂をしていたわよ?殿が権現だったとか牛頭天王だとか」


「ああ藤子が生んだ子が泣かないということで蘇生してたんだよ」


 珠子の顔を眺めながら答える。


「もしかして蘇生に成功したとか?」


「おう。なんとか間に合ったようだ」


「そう、それは良かったわ。でもそういうことなのね」


 心肺蘇生法なんていつからあるのか知らないけど、少なくともこの時代にはないだろうからなあ。


「ますます神格化に拍車がかかるわね」


「そうかもしれんな。そうしたら一向宗やキリスト教にも対抗できるかもしれん」


 過剰に神格化されても困るが悪いことでもないな。


「お産は危険なのが当たり前なのに、今までうまく産んでくれていたからすっかり油断していた」


「それはまあそうね。単に運が良かったんでしょうね」


「今回も運良く泣いてくれはしたが障害が残らねばいいが」


 こう上手く産まれてくれなかった場合は後々何か出るんじゃなかろうかと心配になる。


「それこそ神様にお願いできないの?」


「流石に個別の事案をお願いするのはな……」


「こういうところは真面目なのね」


「一応今までは公益だったからさ。酒以外」


「ああお酒は神様の趣味も入っていたわね。でもね阿曽沼のお家が傾くようならまた戦乱が酷くなるかもしれないのだから公益とも言えるんじゃない?」


「そうかな?」


「そうよ」


「じゃあそういうことにしてお祈りでもしてこようか」


 城内の社に酒樽を供えてお願いをする。まあお祈りしなくても酒樽から少しずつ酒が減ってるから天子の分け前みたいに神様が吸ってるのかもしれない。


 祈りを終えて政務に戻ってくると医学研究所の連中が待ち構えている。


「殿!御子様を生き返らせたかの術をお教え頂きたく!」


「如何なる道理であのようなことを!?」


 いろいろな質問があちこちから飛んでくる。


「いやかつて神様に教えて頂いた知識にあってな……無我夢中でやっただけなのだ」


「何と!当に神妙の技で御座いますな。然らずんば同じようにやれば死んだものも生き返るかも知れぬと?」


「本当に死んでしまっているならああやっても反応はせぬだろう」


 たしか心臓が止まって五分以内じゃないと厳しいとかだったかな。それもその後の救急病院あってのものだし。


「むぅ……しかししかしですぞ、死人の口に口をつけるというのは……」


「まあな。俺も我が子出なければ斯様に出来たとは思わん」


「然り然り。とりあえず胸を押して死人が生き返るのか確認するところからだな!」


 そう言うと皆慌ただしく一礼して書院を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る