第四百九十七話 さよなら白星

鍋倉城 阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷


「それにしてもじゃがいもが手に入ってよかったわね」


「全くだ。これで食糧問題にある程度解決の目処がついたな」


「でも連作障害があるんでしょ?」


「それは麦や人参や蕪なんかと輪作すればいいから」


「御屋形様もお姉様もやっぱりこれらの作物がどういうものかご存じなのですね」


「まぁな。異国の食べ物も手に入れられたのが前世だったからな」


「極楽のような世界だったのですね」


 極楽だったのかな。まあ飢えることもそうそう病気で死ぬことも無かった前世はこの時代からすれば極楽だろうな。


「蕪は牛馬の飼料になるそうだし、凶作時には救荒食にもなるだろう」


 他にも色々種を持ってきてくれたからそれぞれ一月ずつずらしながら播種して貰えば何処が播種期かくらいはわかるだろう。


 そう話しているところで得守が部屋に入ってきた。


「お待たせしました」


「疲れているところすまんな」


「とんでもございませぬ。殿のご厚意で航海できております故これくらいなんともございませぬ」


「なに、俺はなるべく早くに資源地が欲しいからな。貴様の航海術に助けられているくらいだ」


「資源地と言えば」


「はい。此度はオーストラリアというかタスマニアまで到達いたしました」


「コアラとかカンガルーは連れてきていないのだな」


「餌がどうにもなりませんしいつまで航海するかも決めておりませんでしたし。それに我らは向こうの動物の飼育などできませぬ」


「それはそうだな」


 まあ船乗りにいきなり珍しい動物を飼えと言っても無理だろう。


「こあら、とかかんがるぅとはいかなる動物ですの?」


「こあらは木の葉を食べる猿を丸くしたようなもので、カンガルーは兎を大きくしたようなものでございます」


 その横で雪がコアラを絵に描いてみせる。


「まあああ!かわいらしいですわ!こんな可愛いお猿さんが居るのですね!これは連れ帰ってくるのは難しいのですか?」


「う……それは決まった木の葉しか食べぬ珍獣で御座いまして船旅にはとても耐えられませぬ」


「そうですの……残念ですわ」


 目に見えて藤子がしょぼくれる。


「ごほん、それでアボリジニやマオリと思われる民とも会ってきましたが言葉がまるきしわかりませんな。とりあえず酒を飲ませて一緒に狩りをしては来ました」


「言葉がわからなくても狩りができるってすごいですわね」


「そりゃあ勢いってやつですよ雪様」


 まあ勢いでもすごいよな。


「そこでこのブーメランも貰ってきました」


「これはどういうものですの?」


「投げると手元まで戻ってくるものでございます」


「不思議な道具ですのね。これはなににつかうのですか?」


「これは狩りなどに使うものでございます。まあ弓の方が便利ではありますが」


 狩りはともかく戦では使いにくいだろうしなあ。


「そういえば酒を飲んだというが向こうにも酒があるのだな?」


「いえございません。我らが土産に持っていったやつが初めての酒だったようです。それでですねビールは勿論ぶどう酒も清酒も暑いところで腐ってしまうのです。なんとかなりませぬか」


「醸造酒だとそうなるか……冷蔵庫も無いし。蒸留酒をやる時間が微妙に無かったのよね」


「酒があるかないかは乗組員の士気にも関わりますのでなんとかなりませぬか」


「わかったわ。蒸留器は簡単なものはあるからなんとかしましょう」


「さすがは雪様、頼りになります」


「まあ美味しくなるまで何年かかかるからそれは我慢してね」


 ジャガイモから作れば米や麦に左右されず安定した生産量が期待できそうだな。


「そういえば向こうは酒がない、ということは農業もないのか?」


「無いようですな」


 前世でもオーストラリアは大規模機械農業の地だし伝統的農法というのも聞かないしやっぱり無かったのか。農業に適さないのか、農業のメリットを理解できないのか。それを言うと北海道も一部のアイヌは頑なに農耕を受け入れないな。まあ鹿とか熊とか狼とかの害から農地を守るための人員として扱うようにとしているので反乱が起こるほどでもないが、それなりに不服はあるようだ。


「牛馬羊もおりませんでしたが、狼はいましたな」


「ディンゴか」


 あれは犬だったと思うけどこちらの狼と同じく牧畜の害にはなりそうではあるな。


「入植も推めたいが奥羽もまだまだ未開拓地が多いからなあ」


 それに遠方過ぎて連絡手段がな……無線通信欲しいなあ。


 そう話しているところに白星が遂に足腰たたなくなったという知らせが届けられたため、得守との面談を切り上げて高清水の牧場にやってきた。


「白星!」


「ブフ……」


 馬房にはすっかり痩せてしまった白星がすこし苦しそうに横たわっている。


「ここ数日食べる量が減ってきておりまして……」


「そうか……そうだ、久しぶりに俺が洗ってやろう」


「殿そんな……いえ……わかりました。お前等、水を汲んでこい」


 松崎牧士もくし頭が下男等に指示を出してくれる。


「牧士頭、すまぬな」


「いえ、愛馬であれば当然のことで御座いましょう」


 そう話しているうちに沢から水が届けられ、久しぶりに白星の身体を磨いていく。こいつとは色々あったな。最近はこいつの子孫が増え、俺の愛馬もそのうちの一頭だが最初の愛馬であるこいつはやはり特別だ。


 いろいろ思い返しながら磨くが、白星は既に寝返りをうつのもしんどいようで片側だけになってしまった。


「すこしは気が紛れたか?」


 気が紛れたのは俺の方だが思わず聞いてしまった。その言葉が聞こえたのか白星が俺の顔を舐め、そして力がぬける。


「御苦労であった」


 力の抜けた白星の頭を一撫でし、立ち上がる。


「迷惑を掛けたついでにすまぬが白星の墓を作ってやりたいのでな、鍬と手を貸してくれんか」


 遠野盆地を一望できる場所に馬塚を建て手を合わせて弔う。とりあえず卒塔婆だけで後日石を置くようにする。折角だしここに馬頭観音を建てるか。


「牧士頭御苦労であった。お陰で白星の死に水を取ってやることが出来た」


「とんでもございませぬ」


「褒美をとらす。何か希望はあるか?」


「されば某ももう五十を超えましたのでこのあたりで愚息に牧をまかせて隠居させていただきたく」


「それは構わんが他には無いのか?」


「もう老い先短い身で御座いますれば多くを望むものでもございませぬ」


「欲がなさ過ぎるのも困りものだな。そういうことなら何か後ほど其方の家に届けさせるが構わんな?」


「はは、有り難き幸せ」


 牧士頭の言葉を聞いて城に戻る。


「お疲れ様」


「おう」


「白星はどうだったの?」


「死んだよ……」


「えっ、そっか……」


 しばらく雪と二人、言葉のない時間を過ごす。雪にとっても思い入れのある馬だからな。


「でもまあ殿のことだから確り供養してあげたんでしょ?」


「そりゃあな」


「じゃ、きっと大丈夫ね」


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