第四百九十六話 語学とパタタ

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「さあ遠き異国の友よ、今日は確り食べてくれ」


 四条隆益様お手製の豚の角煮を中心にした食事だ。マガリャンイスやイグナチオ達にはパンをだしてやっている。


 まだフォークが一般化されてないようで手掴みで食べているが、指が汚れるし汚れた手で食べるのは不衛生だと思うんだが、まあ衛生概念とか未だ無い時代だから仕方が無いか。


 それでも角煮は中々好評だったようでガツガツ食べていた。余りに良い食べっぷりだったのでおかわりもさせたほどだ。


「異国の者も隆益様の料理に心を奪われるようで御座いますな」


「ほっほっほ。気に入ってくれて嬉しいわ」


 パンやワイン、そしてビールが殊の外気に入ったようでこれらもしこたま飲んで帰って行った。


 翌日改めて面会し、西欧の珍しい種子などがお披露目された。


「これは?」


「ハーバーという豆でして、空に向かって実がなるようです」


「ほぉ、それは面白い」


 空豆か。


「これはトマテというものでして真っ赤な実がなります」


「食えるのか?」


「真っ赤で悪魔の実と言われておりますので食べたものはおらぬでしょう」


 勿体ない。トマトは美味いぞ。


「これは?」


「それはなんでしたかな……ええと、蕪と書かれてますな。なんでも馬の餌になるようで御座います」


「馬の餌か。まあそれはそれで助かるな」


 甜菜は飼料用の蕪の突然変異だったはずだから運が良ければ甜菜が得られるかもしれんな。


「この芋は?」


「パタタというものでございます」


「パタタ?」


「はい。だいたいどんなところでも作れるようですが、へたに食うと死ぬものも居るようでして」


 皆がざわついているが、誰かが野老や蒟蒻の様なものかといったのでそんなもんかという形で落ち着いた。


 よしよしよし。ジャガイモを手に入れたぞ。まあこの世界線だとパタタ芋になりそうだが。他にもいくつか種を持ってきてくれたようなので農業試験場で試験栽培させてみよう。まあ他がダメでも芋と西洋蕪にトマトが手に入ったのは有り難い。


「これらは農業試験場に預けよう」


 収穫できたら食事の幅が広まるし何よりジャガイモ……この世界だとパタタか、が手に入ったので水が無いところでも食料生産が出来るようになるぞ。


「そして此方がイスパニアの書になります」


「ええとばいぶる……?」


「さすがは殿!まさか読めるのですか?」


「南蛮の経典だな」


「左様でございます。そこまでご存じとは」


「夢で神様に教えて貰ったからな」


「おお!やはり殿がこのバイブルにかかれている神の子と言う奴ですな」


 それは流石に拡大解釈が過ぎると思うが面白いのでこのままにしておこう。


「飛騨守、この書を訳せるか?」


「ええ問題無く。それにそういうことでしたらあのイグナチオも喜んで手伝ってくれるでしょう」


 やっぱり宣教できそうとなったら元気になるんだな。


「それとイスパニアの言葉を我らの言葉で注釈をつけた、節用集の様なものを作ってほしいのだ」


 辞書が出来れば向こうの言葉をある程度ではあるが理解出来るようになる。そうなれば向こうの知識を効率よく手に入れることも出来よう。


「あとそうだな、俺も南蛮の文字を読み書き出来るようになりたいのでな、マガリャンイスに誰か用立てるよう言ってくれぬか」


「わかりました」


「他の書は……全く分からんな」


「これらを全て訳しているとそれだけで儂が死んでしまいそうですな」


 探検に行きたいとか言ってたがそうはいかん。貴重なスペイン語話者なんだから訳書や時代の話者を作ってもらわねばならん。


「では飛騨守、貴様は遠野学校預かりにする。そこで南蛮の言葉を学ばせ、南蛮書の訳もやってくれ」


「はぁ……やむを得ませぬな」


「言葉を学ぶということで語学科としよう。小学校高等科を終えたものの中から選抜せよ」


「は、承知いたしました」


 そのあといくつか評定をやって解散し久しぶりに自室に戻ってきた。


「いやはや漸く帰って来られたわ」


「お疲れ様ね」


「父上!だいぶ弓が上達しました!」


「孫四郎もだいぶ大きくなったな。そうだな弓は後で見てやろう」


「はい!」


「ところで鞠もそうだが学校はどうだ?」


「父上に泥を塗らぬよう邁進しておりますが……どれも一番にはなれず……申し訳ありません」


 聞けば全て二番だそうだ。いや……すごくないか俺の子。


「我らは将の将たるものぞ、然らば一つ一つで一番にならずとも一番になったものが存分に力を振るえるようにするのが我らの仕事だ。余り何でも俺等が出来ると却って付いてくるものが居なくなるかもしれんぞ」


 そのあたりは人格の問題だろうけど。


「鞠はどうだ?」


「父様、鞠は裁縫が一番でしたの。今度父様のお召し物を繕って差し上げますね」


「そうか!うむ、楽しみにしておるぞ!」


 そんなん作ってくれるなんて言われたら喜ぶしかないじゃ無いか。


「裁縫以外はどうなんだ?」


「…………」


 なぜ父と目を合わせない。


「まあ裁縫も大事だが他のものも大事だからな」


「…………」


 やはり明後日を見ている。困ったなどうしよう。


「そ、それよりも!父様、米次郎も弓を始めたんですよ!」


 逸らされた。しょうがないな。


「ほぉそうか。米次郎も後で弓を見てやろう。鞠、書も確りな」


「はい!」


「う……はい」


 ちょっとはにかみながら米次郎が、鞠は苦虫をかみつぶしたように答えてくる。


「桃子も大きくなったな」


「ふふ、最近は絵草紙に興味があるようで時々自分で書いていますわ」


 見せられた絵草紙は絵本のようで戦国時代らしからぬほのぼのとした内容だ。


「良い絵本じゃ無いか」


「えへへ……」


 将来は有名な絵本作家とかになるかもしれんな。楽しみだな。

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