第四百九十五話 襲来!南蛮坊主

足利城 阿曽沼遠野太郎親郷


 だいぶ暖かくなり山の雪も消え始めたころに岩井山城が降伏した。最後の方は動ける者がほぼいなくなっていたようだ。


 一方足利城では越後守護代が上杉憲房の嫡男を連れて悠々と越後へ退いていった。


「追わぬのですか?」


 袰綿勘次郎が聞いてくる。


「追えぬよ。ここで追えば関東の奴らに後背を討たれる」


 今はここまでだ。しかし越後攻略の優先度は高い。


「それはそうですな……まあ殿が居る限りいつでもその機会はあるでしょう」


 まずは戦続きだったこの数年の傷を癒やし新たに得た土地の開発を進めて国力を増さねばならん。そして関東の各家には荒れてもらわねばな。家々の中でこちらに靡きそうなものが居ないか探りをいれるか。


 そして兵力は二万、出来れば三万まで増やしたい。となると経済力がもっと必要になるから大崎平野の治水を強力に推し進めて米の生産量を増やし、水が得られぬ土地では桑畑と羊牧場を増やして製糸を。そして北海道の開拓を進めていきたいが。


「殿、いすぱーにゃに行った戸沢飛騨守が大槌に着いたと連絡がございました」


「無事に戻ってきたか!」


 頼んでいた珍しい植物や書籍なんかは手に入っただろうか。スペイン語、いやこの時代ならラテン語か。どちらにしても俺は読めないな。


 警備の兵を幾らか残して遠野に帰るべく支度をする。


「(袰綿)勘次郎、関東こっちは任せるぞ?」


「おまかせを。それより(小国)彦助も連れて行ってやってくださいね。あいつは南蛮の珍しい武具が手に入らないかずっと気にしていましたから」


「そうか。ではそうしよう」


 又三郎は越後に対する抑えになるので剥がせない。後で文句を言われそうだがまあ仕方がないな。


 水戸から三日、蒸気船が大槌に入るとイスパニアの船が三隻停泊している。。


「あれが南蛮船か」


 この時代はキャラックだっけか。俺は船に詳しくないんだ。


「得守も戻っているようだな」


 奴も航海している期間のほうが長くなってきたな。今回得守の奴はどこまで行ったのだろうか。話を聞くのが楽しみだ。


「またせたな」


 足利を出て十日、結構待たせたかな。


「とんでもございませぬ。ご活躍のようで何よりです」


「久しいな提督よ」


「おかげさまでだいぶ広く航海することができました。土産もたんまり持ってきてございます」


「それは楽しみだ。しかし楽しみはあとに取っておきたいのでな」


 そう言って得守に一旦下がってもらい、マガリャンイスと戸沢飛騨守を前に来させる。


「飛騨守、久しいな無事帰ってきてくれて嬉しいぞ」


「はは!お陰様でございます!」


「それでどうだった?イスパニアとやらは」


「それはそれはどれもこれも珍しいものばかりでございました。海軍提督がずっと船に乗っている理由がようわかりました」


「飛騨守殿、どうでしょう。今後海軍に入りませぬか?」


「おお、そうですな!すでに隠居し、老い先短いこの身を未知の地に埋めるも面白そうでござるな!」


 そう言って得守と戸沢飛騨守が笑う。探検家が一人発生してしまったようだ。


「さてマガリャンイスも久しいな。息災だったようで重畳」


「オカゲサマ デ ゴザイマス」


「それに今回はずいぶんと仲間を連れてきたようだな」


 なんだか宣教師っぽい薄汚れた服装のおっさんとかもいる。


「コチラハ イグナチオ・ロペス・デ・ロヨラ、モナクス(修道士)デ ゴザイマス」


 モナクス?どう見ても神父っぽいよな。もしかしてモンクのことかな。


「なるほど、イスパニアの坊主ということか。しかしそんな奴が何用でこんな遠い地に来たのだ?」


「ワレラノカミノオシエヲツタエニキテオリマス」


 ああ宣教か。まあこの時代ならそうか。


「飛騨守もコヤツに説法されておったのか?」


「はじめは何を言っているのかわからなかったのですが、毎日のように説法されていますとだんだんとわかるようになりました」


「ほぅ、異国の言葉がわかるようになったか。それはそれでありがたいな。それで、どのようなことを言っているのだ?」


「なんでもこの世は神と神の子と霊が作ったものであるということです」


 そう飛騨守が言うと周りからは、御屋形様のことじゃないかなどと声が上がる。しかし残念だが俺は女神様の子供ではない。


「そして神の子たるクリストスの言葉を信じれば極楽に行け、そうでなければ地獄に落ちるようです」


 その言葉には皆仏の教えと変わらんなともいう。


「なるほどな。それでそのクリストスの教えを此処で広めたいと言っておるのだな」


「左様でございます」


「ふむ、イスパニアから此処までこの南蛮坊主の言葉を聞いて飛騨守、其方はどう思う」


「まあ拙者そう云う退屈な話は肌に合いませんからな。馬耳東風というやつでございました。なんでしたら殿の話を代わりにたくさんしてやりましたよ」


 一体何を吹き込んだのかわからんな。


「今すぐ答えねばならぬか?わざわざ遠い異国から来たのだからまずは親睦を深めたいのだが」


 そう言うと目に見えてマガリャンイスは少しホッとし、マガリャンイスから坊主に伝えると坊主も承知したという。


「折角遠路はるばる来てくれた客だ。盛大にもてなしてやろう。支度を」


 そう言うとマガリャンイスらは別室に、他の者等は宴会の支度に下がっていき残ったのは俺と得守と雪、そして藤子だ。


「ええと殿、藤子様は同席していてよろしいので?」


「我らのことは知られているからな構わんよ」


 そう言うと得守が少し驚く。


「出歯亀されていたようでな。それよりも今回はどこまで行った?」


「オーストラリアを見つけてきました」


「オーストラリアか!それはありがたい!あそこを開拓できれば穀物と鉱物資源の確保に悩まなくていい」


 鉄に石炭、ボーキサイトはまだ精錬できないからいいとしてあとは国内だけではどうしても不足する穀物供給源として有用だ。アボリジニをどう同化していくかが問題だが。不思議動物も多いしなあ。


「移民団を募りたいが国内が落ち着かねばな……」


「移民などはいずれ……でございますな」


「それで海軍提督としては今後どうする。南は到達したから」


「はい。次は北から東に向かおうと思います」


 ついに北米探索だな。


「粛々と進めてくれ。それはそうと今後出てくるスペインとポルトガルの艦隊をどうするか」


「すべてを打ち払うのは無理でございますし、穏便にやれる分は穏便にしたく」


「まあ商売もあるしな。それに現状で技術格差があるとは言えレーダーがあるわけでも飛行機があるわけでもないからな。全てを編みにかけようとしたらこちらが破産してしまう」


「あの、ひこうきとかれぇだぁというものは何でございますか?」


 藤子が質問してくる。


「飛行機は鳥のように空を飛ぶ絡繰で、レーダーというのは目で見えぬものを見つける絡繰だ」


 まあちょい違うけど前提知識が無いならこれくらいで良いだろう。


「まあ、御屋形様の前世では鳥のように空を飛ぶことができるのですか?」


「そうだ。この遠野から上方でも一刻かからずに飛んでいける世だ」


「まるで妖術のようでございますね」


「そんな世に少しずつなっていくさ」


 そう言うと藤子は何かアイディアが浮かんだのかメモ帳に何かを書いていく。


「それで雪、今回来た宣教師は質が悪いようだが宣教師ってあんなものか?」


「んー基本的に日本に来た宣教師はまともな人が多いけど、中にはフランシスコ・カブラルのようにはっきり差別的、いえそれが普通の感情だった人のほうが多いようね」


 なんでもフランシスコ・ザビエルやコスメ・デ・トーレスのような開明的な宣教師のほうが珍しいのだとか。


「じゃあ今回は流しておいて正解だったかもしれないな」


「今後宣教を許可することはあるの?」


「日本を統一して国民国家にできたら考えるさ」


「なにそれ、そんなの生きてるうちには無理じゃない」


 国民国家になったって一部は前世のように出羽守になるだろうがガッチリ日本の道徳観を国民に植え付ける庶民教育というのはやはり大事だな。


「なかなか難しいが、紗綾の書なんかはその一助になるだろう」


「そういうものなの?」


「俺はそう思っているからあまり制限していないんだ」


 制限してもしなくても極端な思想は産まれるだろうし、それなら極端な思想がどうなるか見せしめしたほうが効率が良いだろう。


 となると新聞を作ってみるかな。山門や宣教師共の御託もそこに載せてやればいい。言葉だとその時に判断せねばならんが文字なら考える時間ができるから疑問を挙げやすくなるだろう。


 劇薬ではあるが壁に耳あり障子に目あり、人の口に戸は立てられぬとも言うしうまく使えれば面白いことになるだろう。保安局の外局として風聞屋とでも名乗らせてやるか。


「御屋形様がまたあくどいことを考えて居られるようです」


「子供たちに伝染らなければいいんだけどね」


「まあこれでこそ殿ですし」

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