第四百九十四話 重傷
八椚城 阿曽沼遠野太郎親郷
足利城攻略を開始して約一月が経過した。両崖山の麓、元足利学校だった場所にある出城が思ったよりも堅い。
「やるなあ。あの出城に越後守護代が居るとな」
「奸雄とは聞いておりましたがこうしてみれば確かに戦上手ですな」
来内新兵衛らと戦況について話し合う。数と火力では此方が優位だが向こうも鉄砲を持ち、そして土塁などを上手く使って身を守り、此方の攻撃の手が若干緩んだところを突いてくる。
「戦上手でも無ければ厄介な越後を纏めることは出来ぬか」
「そういうことでしょうな。それはそうと岩井山城は完全に浮き城となり嫌がらせもしてこなくなりましたね」
「やっておいて良かったろう」
「いや全くです。そして新九郎様が佐野から北上して須花城攻略を買って出てくれたのは助かりました」
「代わりに大砲を寄越せと言われたがな」
「殿がそんな簡単に渡すはずがないと思いますが」
「信用してくれて嬉しいよ」
少なくとも今回の須花攻めでは峠道になるし北条の兵は扱ったことが無いはずだから渡していない。がまあ作戦成功に関わらず渡さない訳にはいかんから急いで遠野から後数発撃てるかどうかの鋳つぶす寸前の古い砲を一門手配するよう指示を出している。
それから数日して須花を攻めていた新九郎が重傷を負ったという知らせが飛び込んできた。
「新九郎が重傷だと!?」
「はい。なんでも伏兵にやられたと」
「いくら前線とは言え本陣にいたのではないのか?」
「視察に出たときに討たれたそうでして」
なんで大将が前線に出てるんだよ。と自分のことを棚に上げて心のなかで悪態をつく。
「見舞いに行く。保安局は伊勢の本陣までの安全を確保してくれ」
そう言えば新九郎も風間衆を使っていたはずだが身辺警護などはやらせていなかったのか?まあ風間衆を引き抜いている俺が言うのも何だけどな。
「阿曽沼遠野太郎だ。北条新九郎殿の見舞いに参った」
伊勢の本陣で名乗ると通される。
「新九郎殿!」
「む、陸奥守……なんとも不甲斐ない」
途切れ途切れに晒しを巻いた新九郎が応じてくれる。そして人払いしてくれた。
「そう心配そうな顔をするな。幸いすでに出血は止まっている」
「そうか……」
となれば肝臓などにはあたっていないということか。しかし外科の無いこの時代、片肺を失ってどれほど戦えるだろうか。いやそれ以前に感染症が怖いな。
「あいにくとまだペニシリンは作れていない」
「ちょっと期待していたんだが流石に無いか。じゃあ気合でなんとかするしか無いな」
「代わりになるかわからんが、石鹸と一粒金丹を持ってきている」
「……確かアヘンを使った薬だったな」
「ああ。痛み止めくらいにはなる」
「助かる。石鹸も有り難く使わせてもらう」
「しかし士気が落ちぬように見えるのは流石だな」
「ふん、死んだわけでもないのに士気が落ちるわけはなかろうよ」
「流石だな。まあこれ以上居ては傷に触るだろう。御暇させてもらうよ」
「わざわざありがとよ」
軽く手で会釈し幕を出る。
「大道寺殿、これを新九郎殿に使ってくだされ」
「これは?」
「石鹸という身を洗うものと一粒金丹でござる」
「石鹸……」
「よく泡立てて傷口を洗ってくだされば、泡が瘴気を吸い出してくれます。すでに身体の中に入ったものまではどうにもなりませぬが」
「一粒金丹は確か陸奥の強壮薬でございましたな」
「ああ。痛み止めにも使えますのでな」
「重ね重ねありがとうございます」
「いや、こちらこそ兵を出してもらっておいて斯様なことになるとはなんと詫びればいいか」
「何を仰いますか。討った討たれたは武家ならば当たり前でございまする。陸奥守様がお気になさるようなことではございませぬ」
「そう言っていただけて助かります。では某もあまり長く陣を空けておけませぬ故」
「ご武運を」
「お互いに。では御免!」
まあ斬った斬られたが仕事だからある程度は仕方がないか。新九郎が小田原に帰るときはせいぜい手厚く送ってやらねばな。そして肺をやられたようだから今後の仕事に影響が出るだろう。石鹸は渡したが胸腔内に汚染物が入ったんだから無事ではすまんだろう。ふふっ俺が手を出すまでもなく倒れるのならありがたい。
「殿、心中お察しします」
「顔に出ていたか」
ニヤけないように力を込めていたら神妙な顔になっていたようだ。
「しかし北条もああなっては兵を退かざるを得ぬかと」
「まあそれは致し方ない。そもそも援軍を当てにした戦ではなかったからな」
「それもそうでしたな」
「それにそろそろ三国峠の雪も溶けてくるだろうから越後のことが耳に入れば守護代は兵を退こう」
戦上手で打ち取れないのは残念だが致し方ない。勝ちきれないとなると先に越後を平らげるべきか、残余の関東勢と長尾がまた手を組んで抵抗できぬようまずは扇谷藤王丸を討ち取るかどうしたものかな。
越後に佐渡は日本海交易で欲しいし、長尾は早めに討てるなら討っておきたい。それに流民の中には越後出身者も少なくないから其奴等の士気向上にも良かろうか。
「まあまずは目の前の足利城からだな」
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