第四百九十二話 過保護
岩井山城城下 阿曽沼遠野太郎親郷
八椚城を落として進むと、渡良瀬川の左岸から飛び出たように山が一つ。其の山を丸ごと城にしている岩井山城が見える。
「あそこに長尾らが逃げ込んでいるのだな」
竪堀横堀切通となかなか攻めにくそうな城だ。そしてその後ろにそびえるのは足利城でそこには越後の食い詰め者らを中心に続々と兵を送り込んでくる予定だと保安局から知らせを受ける。
「越後は楯突くか」
「上杉の守護国でございますれば」
これからの作戦について下知を与えるため将等を呼んでいるが、それまで毒沢治郎と話を進める。
「それはそうか」
越後上杉から上杉顕定などが山内に入れられたそうだから実質同じようなものなのだろう。
そして越後からの援軍の大将は上杉定実、実質的な将は守護代の長尾為景だという。上杉定実は長尾為景に幽閉されたりして権威を落としていたようだが此処ぞという場で神輿に担いできたか。もしかしたら万一にでも俺と戦になったところにのっかって謀反を起こさせないようにという魂胆かもしれないけど。
「ともあれ守護代を殺れば越後も瓦解だな」
「なんとかそこまで持ち込みたいですな」
「そうだな。守護代を殺ればまだ上杉謙信は産まれていないようだし、よしんば産まれていたとしても幼子だからどうにでもなるしな」
何人か子供が居るようだが虎千代という名の者は今のところ居ないようだ。
「殿のような悪党が居ると史実の英傑も活躍できそうにありませんな」
「悪党というか悪夢だろうな。後世の歴史家たちにとってもな」
一頻り笑い、そして意識を戦線に戻す。
「しかし守護代(長尾為景)は戦上手だ。一筋縄ではいかないだろう」
「如何しますか?一気に制圧しますか?」
「んー春になれば守護代が来るというなら待ってやろうでは無いか」
長尾為景も優秀な将だから本拠の越後では無く関東に出張ったところを叩いて捕らえたり首を取ったりすることは出来ずとも長尾為景の勢力を幾分か削っておきたい。
「それで次郎、毎度のことで済まぬが又三郎等を連れて会津から越後に攻め入って欲しい」
「そろそろ又三郎様も独り立ちできるかと」
「それはそうだが軍監は必要だからな」
「ははは、殿も中々過保護ですな。まあ承知しました。余り口出しはせぬようにしておきます」
「頼んだ」
その後又三郎と袰綿勘次郎らを呼びつける。
「という訳でがら空きになる越後に攻め込んで欲しい」
「それは構いませんがそれでは越後守護代は越後に逃げるのではないでしょうか」
「心配するな。そこは三国峠も清水峠もしばらく使えなくなる予定だ」
「次郎殿、私には兄上が何を言っているのかよく分かりませぬ」
「心配召されるな。某にも分かりかねまする」
「何言ってんだ。このあたりはもう雪がなくなっているが山の上にはまだまだ雪が残っておろう。これを使って雪崩を起こさせればしばらく軍を寄越すのも退くのも出来ぬよ」
既に保安局に通達を出して雪山で爆弾を使うよう指示している。そして寒いだろうから迷彩を兼ねた白兎の毛皮を使った外套を与えている。兎は増えるのが早くて助かるな。
「よくまあそんなあくどい戦い方を思いつきますね」
又三郎が呆れたように言ってくるが、そうかな?そんなにあくどいかな?
「それで越後は全て制圧するのでしょうか?」
「いや揚北を押さえて貰えればそれでいい」
揚北衆は独立心の強い奴らばかりと聞く。帰農するならともかく、それ以外であれば一度土地から引き剥がさねば不安定化の要因になり得るかもしれんな。場合により見せしめでどこかの家を族滅するのも考えておかねばならんかも。揚北衆に限ったことではないが。
そう思うと信長あたりから江戸時代に駆けての所領シャッフルは割と理に適っているように思う。
「それと勘次郎、鹿島や千葉などの動きはどうか」
「今のところ大人しくしているようで御座います」
「鹿島は城を獲れたところで満足しているか。ならそのまま大人しくしていて貰いたいものだが、監視を頼む」
小弓公方と里見は上田らとともに兵糧を集めているようだが、海軍で江戸湾を封鎖しているので西国からの搬入を妨害している。まあ甲州や相州から流入しているようだが。
新九郎には米を小弓等に流さぬよう依頼しているが、全ては防げないと言って結構な量が小弓公方に流れているようだ。久しぶりに豊の顔も見たいし一度呼びつけるか。
「さて大きな方針は決まったな。それでは又三郎、次郎、越後は頼むぞ」
「はは!」
又三郎ら早速仕度のため出て行く。
「ついで此方の細かい動きであるが、岩井山城を落とすのは中々難しいだろう」
足利城の前進拠点みたいなものでもあるので岩井山城だけに集中すると足利城から敵が出てくるので面倒な位置関係だ。
「という訳でな(来内)新兵衛、渡良瀬川を堤で囲もうと思う」
「堤を築くのは良いんですが、そんなので岩井山城を落とせるのですか?」
「岩井山城が水城になるわけだが、そうなれば岩井山城から城兵が出てくることが出来なくなる」
「ああそれはそうですな」
戦後は治水にもなるかもしれんしな。
「それで一台平土機を持ち込んできていたのですな」
「そういうことだ。それに蒸気を見たら敵がひっくり返るかもしれんしな」
重機無しで工事するのは些か効率悪いので一台手配して栃木城から佐野城まで補給路の整備に使い、周囲の百姓等が驚いていたな。
あとは足利城に越後勢が入城したところで両崖山を重油で焼くか。春先の乾いた関東ならよく燃えるだろうな。
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