第四百九十話 上野侵攻前夜
栃木城 阿曽沼遠野太郎親郷
平川城は川から若干遠く物資運搬に難があったため
二重の堀が囲む平城で、石垣にする時間がないので土塁になっている。簡易な櫓がいくつか、そして本格的な漆喰壁の櫓構築が始まっている。なお本丸にはまだ天守閣はなく簡素な御殿となっている。今後暴れ川の巴波川の護岸工事を行なって周囲の荒れ地を開墾しなければ、用水がないから麦あたりを育てさせるかなと考えていると珍しい客が来た。
当家に下るかどうかで分裂し川越城を追い出された上杉朝興とそれを助けだして松山城に迎え入れた難波田憲重のコンビだ。
「史実では分裂しなかったけど北条に預けた藤王丸が殺されてるのよね」
「なんで殺されたんだ?」
「わかんないけど上杉朝興はもともと幼い藤王丸の後見人のはずだからね」
「ふぅん、しかし人質に送った奴が殺されるってのは送り出した側と受け取った側でなんらかの話し合いがあったはずだよなあ」
この世界線の新九郎がそのようなことを出来るかはわからんが。
「まあ真相は闇だけどこの世界線では藤王丸は生き残って扇谷の当主になれそうね」
「それがどう動くかわからんが未だ六歳くらいだろ?自分で判断するには幼すぎる」
「そうね。たぶん上田政広(安独斎)の言いなりなんじゃないかしら」
弱い当主の悲哀だな。
そう雪とだるまストーブに当たりながら話し込んでいると外から馬が駆けてくる音がする。
「陸奥守様!雪お姉様!見てくださいまし。私もここまで乗れるようになりましたわ!」
庭に出てみると楽しそうな藤子がいる。
「あの子ももう立派な武家の女ね」
「何なら弓も取るし鉄砲も撃つからなぁ」
「それをみた尚通さんは泡を吹いてたけどね」
近衛の箱入りだった藤子もすっかり馬を乗りこなすようになった。近衛尚通は馬に乗る藤子を見たときひっくり返ってたが本人は楽しそうだしな。夜も時々馬乗りになってるし。
「まぁたなんか変なこと考えてるわね?」
「そんなことないぞ?」
「別に良いのよ。でもそうねあんまり動いてないと兵も鈍ってしまうんじゃないかしら」
「それもそうだな。佐野や山内への牽制も兼ねて演習するか」
数日後待機中の五千で演習を開始する。雪はちらついてうっすら積もっているが。
「雪もなくて楽ですな」
奥羽の我らからすれば積もっていないも同じ。
「よし演習開始!」
砲撃音とともに演習が始まる。この演習を行うことは保安局を使って関東一円に知らせているので戦見物もかねて各家のものが見に来ているだろう。ちなみに鉄砲も大砲も空砲だ。弾が勿体ないので。
半日程度攻勢演習をし、その後半日ほど掛けて将校らで振り返り、或いは足軽で動きの振り返りをやって翌日再度攻勢、そして守勢に代わって動きの確認を半月ほどかけて確認する。
なおいつの間にか雪と藤子が女人隊を作っていて演習に参加し、周囲の男共が張り切りすぎてけが人が出る有様だったのは誤算だったが。
しかしそうした演習のお陰か佐野家では家中が割れ、山内は越後勢の援軍を呼びよせることとなり、長野ら箕輪衆は卜伝の説得はあったが結局下らないということのようだ。
「という訳で佐野を落としたら次は忍城の成田だな」
「○ぼうの城ね」
「水攻めしてついでに遊水池にしておけば下流域の開墾の役にも立つだろう」
荒川と利根川に挟まれた沼地の自然堤防上に作られた難攻不落の城。大砲を持ち込んでも沼地では沈んでしまう。落とせないのは仕方が無いので水城を築いて相手が降参するのを待つしかあるまい。作った堤防を壊すのは勿体ないから後で渡良瀬遊水地や彩湖の様な遊水池にすれば治水にもなるだろうし一石二鳥だな。
「利根川の東遷事業はやるの?」
「んー水運は重要だから利根川と鬼怒川を接続させるけどそれ以上はしばらくお預けだな」
難工事になることは想像に難くないし、足下の奥羽の開発を進めたいし。
「まただいぶ歴史が代わりそうね」
「東遷事業はあれは何百年も掛けて少しずつやったやつだから今時点だけでは未来がどうなるかはわからんな。広い平野と海の接続点だから史実とは少し違う形でも江戸が大都市になって結局利根川は前世のようになるかもしれない」
東京、ではなくてもあの立地は大都市になるだろう。古河に対する江戸は京都に対する大阪みたいな関係性になるかもしれないな。それを言うと土浦も似たようなものだけど。
「食糧増産事業も必要になるからやっぱり香取海の淡水化と干拓はやることになるだろうな」
「ちょっと歴史は代わるけど土地は似たような形に収束されていくのね」
「何を優先するかだけど、食糧増産と輸送手段の確立は急務だからね」
関東平野は広いけど水利がいまいちのところも多いからそういうところに用水を作るとなれば結局似たような形に落ち着いてしまうかもしれない。
「それはそうと戦だが女人隊は認めんからな」
「えー!どうしてよ!」
「演習なのに女人隊の周囲だけ負傷率が高かったんだよ」
「ぐっ、そ、それは私のせいじゃないわよ……」
男は単純だから見栄を張りたい奴はいくらでも居るし、あの後男女の仲になった奴も居るようだがそれを戦場でやられてはたまらんからな。
「それに雪も藤子も俺の子を成して貰わにゃならんのだからな」
俺に前線に出るなと言いつつ自分は前線に出ようなんてそんなズル……じゃないもっと大事なことがあるからな。
「そ、そろそろ褥御免だったとおもうんだけど……?」
「俺はそんなの許していないからな?」
とはいえいわゆる高齢出産にさしかかるわけで難産率が上がるのは事実のようだ。それでも雪との間にあと一人くらいは作れるだろう。
「ふん、相変わらず勝手ね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます