大永5年(1525年)

第四百八十八話 上野侵攻はまだです

下野国平川城(現栃木市) 阿曽沼遠野太郎親郷

 

 鹿島城を落としたのが十二月の晦日だったので戦勝祝いと正月祝いを兼ねて餅と酒を振る舞う。折角なので遠野から雪達を呼び寄せ盛大に宴会を行った。


「鹿島に手を貸す代わりに塚原卜伝を手に入れたのね」


「悪い取引じゃないだろ」


「それはまあそうね。剣豪を抱えているとなれば箔がつくから悪いことじゃないわ」


「箔はもちろん門人も何百と抱えてるやつだ。戦えば無傷では済まんだろう。それが援軍を出すだけで手に入るんだから安いくらいだよ」


「お弟子さんとか入れるとそっか、そうなるわね」


「それに真剣では無理だが木刀くらいでなら仕合ってみたいしな」


「それはそうね。私の剣も見てほしいわ」


 雪もなかなかいい動きするもんな。


「それで上野を得てどうするの?」


「んーとりあえず草津温泉にでも行くか」


「あら良いわね!」


 雪が喜ぶが、そういえばこの時代に草津温泉って湧いてるんだっけか?


「話は変わるが、一昨年の時点で細川澄元が死んでたのか」


「死亡してたのが隠されていたようね。それでも史実だと永正十八年に死んだから長生きしたわね」


「これどうなるんだ?」


「さあ、私に聞かれても……。でも澄元が史実より長生きして畿内の戦乱が激しくなったわけだから幕府も管領も史実以上に力を落としているんじゃないかしら」


「そのせいかな?比叡山が堅田を焼失した影響でかなりきつい取り立てをやっているようだ」


「そのようね。ただ証文はだいぶ焼けてしまったようだけど」


「そのはずなんだが証文があったようでな」


 多分適当に偽造したんだろうな。借財の額が違うと抗議しても僧兵をつかって黙らせてしまうようだし。この事態に京では一向宗と法華宗が勢力を拡大し山門の寺院が時々襲われているそうだ。畿内は荒れて幕府も管領も力がないとなれば誰も止めるものが居ないか。


「誰かさんのせいとは言え酷い有様ね」


「酷い奴がいたもんだな。まあこれではもはや仏の云々と言ったところで耳を貸すものは居なくなるであろうな」


 民の支持がなくば如何に権威があろうと没落するだろう。


「そういえば比叡山からお坊さんは来たの?」


「いんや来てない」


 約束も果たしてくれないようでは困ったもんだ。紙を上方に卸さないでくれと言われたがこちらの約束を反故にしてくるような奴に忖度する必要も無いので上方への紙の輸出量は増加傾向にした。そのせいか紙の生産地である朝倉が荷揚げ地である敦賀湊の紙商店を焼き、小浜に侵攻を企てているとかなんとかも聞こえる。


「朝倉はまだ遠いな」


「若狭武田がなんとかするんじゃないの?」


「できると思うか?」


「そこは六角定頼がいるし」


 まあそれはそうだがなにか歴史が変わったようで六角定頼が浅井を越前に追い出して近江の大半を得てしまったらしい。


「六角定頼が若狭まで手を伸ばすとなればこちらへの影響がどうなるかわからんな」


 六角定頼がどういうやつかはわからないが、朝倉を追い出したとしてもそれを傘に若狭侵出を狙うのではなかろうか。少なくとも影響力は強くなるだろうから武田も大変だな。


「御屋形様、雪姉様、何の話をなさっておられるんですの?」


 藤子が桃子を抱きながら孫四郎、鞠、米次郎を連れて入ってくる。


「近江の六角についてな」


「六角四郎様ですか。父は若狭に行く前に京に兵を入れて欲しいとか言っておりますわ」


「管領も大樹もおるだろうに」


「相変わらず大樹も管領も叡山のなすことに手が出ぬご様子ですので」


「全く困ったものだな」


「私としましては御屋形様に早う入洛していただきたく」


「父上、京に行くのですか?」


 藤子の言葉に孫四郎が反応する。


「京はまだまだ遠い。足下を固めずにすすんでも良いことはないさ」


 親王を送り込んできたくらいだからまあさっさと上洛せよということだろう。しかし一足飛びには行かないからな。碌な道がないので侵攻したら街道整備と湊の整備と一部の城を再整備してと時間も金も掛かる。


「そうは仰いますが兄上、世を平らげるは帝の御意志だとか」


「それはそうだがな。まずは上野だよ」


 松の内も明けたのでぼちぼち兵を動かしたいのだが、塚原卜伝が諸国放浪時に知り合った伝手で上泉とその主家である上州長野氏に此方に降りないか説得に行くと言うからその結果を待っている。戦にならないならそれが最上だし、剣豪の伝手は強いな。


「出来ればすぐに動きたいが下手に動くと折角話しに行ってくれた塚原新右衛門の足を引っ張り兼ねんからな」

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