第四百八十七話 剣豪と相撲

下野国平川城(現栃木市) 阿曽沼遠野太郎親郷


 常陸を概ね制圧したので続いて上野侵攻を行う。兵に休みを与えつつ、まず上野侵攻の拠点となる佐野城攻略に取り掛かる。今年の正月は戦場だな。


「風は冷たいが雪は少なくて楽だな」


「雪もないのに風が冷たいのは堪えますよ」


 又三郎がウールの陣羽織を寄せながら言う。


「まあ寒いのには変わりは無いが、雪に足を取られずに済むのは良かろう?」


「それはそうですが、風の冷たさは余り変わりませぬ。しかし兄上の其の下に着ているのはなんで御座いましょう?」


「これか?立て襟という奴だ。首元を紐では無くボタンというもので止めてみたらこれが結構暖かい」


「ボタンとやらはまがらんいすが使っていた奴ですな」


「それにそんなに寒いなら体を動かせばよかろう」


 いつも馬に乗ってばかりではいかん。


「体を動かせと言われましても……」


「相撲だ相撲!相撲をとれば温まるぞ!」


「あぁ相撲ですか。いいですな!」


 相撲と聞いて皆集まってきた。


「殿、勝ったら何かもらえますか?」


「おいおい(袰綿)勘次郎、そういうもんじゃないぞ。だがまあそういうのも悪くはないな。よし、一番になったやつは俺のこの脇差をやろう」


 立派な誂にした脇差を晒す。まあ褒美にできるよう持っているものでもあるからな。


「将や足軽は問わぬ。とにかく一番になったものにやる」


 もう一度はっきり言うと皆が沸き立つ。

 そして相撲大会が始まった。相撲とはいっても前世のような丸い土俵はなく、投げ倒すか人垣まで押し込めば勝ちだ。


「どうだ?温まったか?」


「ええ。いやしかし皆強いですな」


「相撲は武士の基礎だからな。しかし又三郎、貴様弱いな。馬に乗れても相撲が弱くてはいかん。遠野に帰ったら清之にしごいてもらえ」


「うげえ浜田殿にですか……」


 清之は一線を退いて兵学校で武術を教えている。それでもまあ結構強いからな。俺は体格差もあってだいたい勝てるが余裕が有るわけでは無い。


「それよりも兄上は相撲を取らないのですか?」


「俺か。取っても良いが……勘次郎どうか?」


「警護は万全ですよ」


「ではやるか!」


 俺がもろ肌出して相撲に参加したものだから皆の意気がうなぎのぼりだ。


「よし!では誰からだ」


 力自慢が飛びかかってくるが、体格差もあって俺の敵ではないな。


「おいおい俺に敵う奴は居ないのか?」


「うぅむ流石でございますな。某も取りとうございます」


「其の方、名は?」


「塚原新右衛門と申します」


「おお、高名な剣豪ではないか。剣でなくてよいのか?」


「なに、武術を極めるとなれば剣だけでは視野が狭うなります故」


「そうか!ならこい!」


「ではお胸を借りまする!」


 そう言うと塚原新右衛門は刀を付き人に預けて裸足になり俺と相対する。すると近くから見ろよあの身体、まるで鋼のようだぜなどの声が聞こえる。


「相撲を取りに来たのではなかろう?」


「面白いことをなさっておりますからな。まずはひと勝負願いまする!」


 その声を合図に塚原新右衛門が突っ込んでくる。剣豪らしく重心の低く重い体当たりだ。


「ぬぅ!さすがは天下に名を馳す剣豪だな」


 こちらも押し返すがなかなかどうして相手の足腰が強い。


「陸奥守様もさすがは奥州を統べられただけありますな!斯様に強い相撲は初めてでございまする!」


 お互い投げようと技を掛け合ったり押し合い引き合いするも勝負がつかない。そして周囲では好勝負にやんやと歓声が上がり、こいつぁやるかも知れねえぞと言いつつ賭け事を始める者が見えたぞ。


「押しても引いても勝負がつかぬなら、持ち上げるまで!」


 ぬうん!と声を出して塚原新右衛門の脇に首を入れ、腕で股を持ち上げ、そのまま裏投げのような形で塚原新右衛門を投げ飛ばす。


「参りました!」


「いや良い仕合であった。其方にこの脇差をやろう」


「忝のうございまする」


 羨ましいぜ!などなど聞こえてくる。


「何にせよ良い相撲であった。皆に干し肉と干鮭を食わせてやれ」


 ひゃっほーいと歓声が上がる。


「それはそれとして塚原新右衛門殿、相撲を取るために来たわけではないのだろう?」


「そうでございました。ここで宜しゅうございますか?」


「そうだな。まあまずは汗を流してからだ。風呂を用意する故しばしまたれよ」


 勿論風呂と言ってもサウナなわけだがそれでもだいぶスッキリする。

 結局話をしたのは次の日になってからだった。


「それで鹿島殿はどういった用件か」


「まず確認させて頂きたいのですが、鹿島の当主を自称する出羽守(鹿島義幹)に手をお貸しになりましたでしょうか」


「なぜ俺が領する国を名乗る奴に手を貸すものかよ」


「まあ仰るとおりですな」


 実際官位官名は知らなかったんだが。


「しかし鹿島の遣いとか言う玉造某とやらは挨拶に来て居ったな」


 そういうと塚原新右衛門の雰囲気が少し強張る。


「特に手を貸したわけでもないが、勝手に後方を撹乱してくれるなら有り難いことだからな適当に攻める分には好きにしろと言ったまでだ」


 実際鹿島に手を貸してやる必要性も無いし、鹿島のあたりを得るならあんなのを使わずとも良いし。


「なるほどそういうことで御座いましたか」


「あとは山盛りの飯と鮭を出してやったらずいぶん機嫌良く帰ってったが」


 飯だけで機嫌良く帰ったと聞いて塚原が頭を抱える。


「あれは某の門人なのですが、昔から短慮な奴でして……はぁ」


「苦労したようだな」


 これは苦笑いするしかない。


「相済みませぬ。そう伺いまして安心しました。それで申し訳御座いませぬが鹿島城を取り返すために兵をお借りしたく」


「当家の利は?」


「は?」


「生憎と利の無い戦はする気がなくてな、援軍を出して当家にどんな利があるのだ?」


「そうですな、出羽守を追い出した暁には某が陸奥守様にお仕えするというのは如何でしょうか」


「ヨシ決まりだ!」


「ええ!?」


 俺の即決に家臣等と塚原がそろって声を上げる。


「なに貴様を召し抱えられるなら城一つくらいの価値があろう。しかし良いのか?」


 まあ確かに有名な剣豪が俺等の味方につけばありがてえなとか俺も剣を交えてみたかったんだよ。などなど皆それなりに悪くない反応だ。


「そこまで評価して頂けたのであれば嬉しゅう御座います。それに何れは陸奥守様の門前に馬をつなぐことになりましょう。早いか遅いかの違いでしか御座いませぬ」


 達観しているな。


「それでは又三郎、新右衛門を手伝って鹿島城を落としてきてくれ。兵は四千、砲は二つ、海軍にも城に砲撃させる」


「は!お任せください」


「ありがとう御座いまする!」


 塚原卜伝を敵対せずに得られるんだ。兵を出すくらいどうってことは無いし、鹿島がどうこう言ってきても落とせるからな。

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