第四百八十六話 瑠璃唐草作戦4

武田原(現勝田駅周辺) 阿曽沼遠野太郎親郷


「金上城の金上某とやらは城を捨て水戸に逃げたようです」


 又三郎から報告を受ける。


「孤立を避けたとなれば悪い考えでは無かろう」


 那珂川の北に位置する金上城は確かに当家に対する拠点にはなり得るが大軍で押し寄せる我らに対しては孤立した点でしかなく兵力の分散になってしまう。そう考えれば破城するだけでなく村や田畑を焼き払う焦土作戦をもしてくれているのはなかなかどうして手強く感じる。


「井戸も埋められておりますね」


「むぅ……」


 城や田畑を焼かれたことよりも井戸を使えなくされたのが痛い。如何な大軍でも水が無ければ動けない。


「面倒ですが、井戸を掘るしか無いようです」


「長丁場になろうからやむを得まい」


 とは言え川が直ぐ側を流れているので地下水位は高く、少し掘れば井戸がわいたのでこれはすぐに解消した。


 那珂川に沿って陣を敷き砲撃を開始するが、川幅は広く本丸には少し届かない。


「しかし良いところだな」


 誰にともなくつぶやく。緩やかな丘の起伏が拡がる。海に足を伸ばせば砂浜海岸が広がっている。確かこの辺りにひたち海浜公園があって春にはネモフィラが咲き乱れてたんだよな。再現はできないだろうから前世と同じにはならないだろうな。


「兄上、逃げていた百姓からこんにゃくなる芋が差し入れられました」


 水戸城の正面にある本陣に戻ると百姓からこんにゃくが差し入れられたという。


「こんにゃくか」


「ご存知なのですか?」


「作り方までは知らんが、上方ではこれで作った団子を食ったりしておるよ」


「この芋から団子が……」


「百姓ならこんにゃくを作るのもできるだろうから連れてくると良い」


「そういたしましょう」


 百姓にこんにゃくを作らせ、できたこんにゃくを薄く切って味噌をつけて炙って食べる。


「うむ、美味いな」


 酒が欲しくなる味だ。


「確かにこれは美味いですね」


 ただカロリーはほぼないから行動食にはできないんだよなあ。


「遠野では寒すぎて作れぬから持ち運びしやすいようにせねばならんが」


「義姉上に相談ですね」


「そうだな。雪なら知っているかもしれんな」


 こんにゃく粉にすれば保存が効くとかだったと思うんだけどね。それにこんにゃく粉ができれば糊になるから何かと便利だな。こんにゃく糊を塗った紙は燃えにくいとかも聞いたことがあるからもしかしたら熱気球なんかも作れるかもな。


「さてそれにしてもこの川を渡るのは骨が折れるな」


 意識をこんにゃくから水戸城に戻す。


「やむを得ませんね。それで毒沢治郎殿の別働隊が動いているのでしょう?」


「うむ、そろそろ笠間城の攻略に差し掛かるんではないかな。それと鹿島義幹がこの機に鹿島城奪還を狙っておるようだ」


 鹿島城が攻められたとなれば鹿島は兵を引くだろう。さらに水戸城に兵を集めて攻め落とせないなら協力している周辺の国人共を潰して回ればいいだけのこと。


「左近、笠間の手の者が水戸城にたどり着けぬようしっかり始末しておるな?」


「無論でございます。笠間城を出た遣いのものはおよそ笠間を出るまえに田の土になっておりまする」


 うむ怖い、いや頼もしいな。


「気がついたときには笠間城はおろか大掾の府中城と石岡城(どちらも石岡駅近く)が落ちているわけですね」


 又三郎が楽しそうに言う。


「それで鹿島城も落ちたとなれば敵方は水戸城で孤立することになるのでな」


「小田城には行かないのですか?」


「水戸でまとめて討ち滅ぼせば急ぐ必要もないし、軍を薄く配備することになるから急変に対応できないかもしれんからな」


 前世の超大国みたいに何かあればすぐ空爆してくれるのなら話は別だがそうも行かないからな。


「それに後方が遮断された後にその話をばらまけばどうなると思う?」


「少なくとも足軽は浮足立ちますよね」


「それに城を落とされた笠間や宍戸に大掾はもちろん、他の国人共も己の所領を脅かされるのだから潮が引くように水戸城から兵が引くだろう」


 数日して笠間から石岡にかけて制圧が完了したとの報告が入る。城を修復し家人を拘束した上で情報を流すと外からでもわかるくらい水戸城内が紛糾している。さらにここで鹿島城が鹿島義幹に落とされた報せももたらされ、続々と水戸城から兵が引き上げられていく。ここに横っ腹をつくように守儀叔父上率いる騎馬隊がまず笠間を襲って潰走させ、それに巻き込まれた宍戸が抗しきれず生け捕りにされた。


 大掾は府中城にたどり着いたものの、家人を人質に取られたことから降伏を選択した。鹿島は知らんがとりあえず鹿島城に向かったようだ。


「いまぞ!砲撃を密に!支援砲撃のあるうちに船橋をかけろ!」


 那珂川を少し遡ったところに持ってきたカッコや徴発した小舟をつなげて板を渡して橋を数本かけていく。もちろん敵も妨害してくるが砲撃音がなると動きが止まるのでその隙に続々と渡河していき、そして鉄砲を撃ちかけ、銃剣を着けて突っ込んでいく。


 やがて城門を大砲で打ち抜き、兵がなだれ込むと漸く江戸通泰は降伏し、小田政治は命からがら逃げ出したという。


「小田は逃げたか」


「逃げ足が早うございますな」


「逃げたとしてもこの周辺を固めたあとは小田城攻略なのだがな」


 そして傍観を決め込んでいた土岐や岡見は臣従の遣いを寄越し、小田城攻略に取り掛かるが、すでに兵はなく城を囲むと大人しく降伏してきた。


「これで鹿島以外の常陸を制圧し終えたな」


「親王にこの地を任せるのですか?」


 以前親王任国の話を又三郎にしていたので今後どうするのか聞かれる。


「形だけだが親王の威光を使えるのはありがたい」


 さてこれで山内上杉攻略に掛かれるな。向こうの国人、特に長野あたりを味方につけられれば良いのだがな。

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