第四百八十五話 瑠璃唐草作戦3

太田城近辺 阿曽沼遠野太郎親郷


 太田城の攻囲を開始して二十日、焼玉による砲撃で火の手が上がっては砂で消すなどという攻防が続いている。


「うぅむ思ったより堅いな」


「公方のように打って出てくるということもありませんしね」


 又三郎はこう言うけど、また一騎打ちなんてしたら雪の小言を延々と聞かせられるので出てこられても困るんだ。


「それでも少しずつ敵の抵抗は弱ってきているからもうひと踏ん張りだろう」


「太田城を落としたら江戸が治める水戸を攻めるのでしたか」


「そうだが、江戸も我らの侵攻を待ち構えるべく小田、大掾、鹿嶋などに援軍を求めておるそうだ」


「鹿島は我らに付きませぬか」


「大掾に乗っ取られたからな」


 なんでも鹿島義幹は鹿嶋城の改築のため方々から材木を集め、遂には鹿島神宮の神木まで切り倒したがために謀反を起こされ鹿嶋城から追い出されてしまったそうだ。

 代わりに先代の娘と鹿島の本家になる大掾忠幹ただもとの弟を婚姻させ鹿島通幹として新しい領主に据えてしまったそうだ。


「ああそれで先日鹿島の遣いで玉造某とやらが来ていたのですね」


「どうやら其奴が鹿嶋城の改築などを主導しておったようだ。が、あやつはまあ禄でもなさそうだから適当に土産を持たせて、我らと戦になったところでどこか適当な城を攻めればよかろうと言ってやったら都合よく解釈したのか飛び跳ねるようにして帰っていったぞ」


「あぁあれですか。確かに足取り軽く帰っていっておりましたね」


 しかしあれは塚原新右衛門高幹とか言う剣豪の門弟と言っていたな。たぶんそれが塚原卜伝なんだろうけどこの時代だったのか。剣を交えたら間違いなく雪にどやされるんだろうなあ。


「しかしそれはそれとして集まった軍で我らを攻めぬのですな」


「我らを敵と思っているようだが、同じくらい佐竹を嫌っておるようだ」


 今なら挟撃できてかつ佐竹にも恩を売れると思うが、同時に那珂川を渡るのが難しいから攻め寄せるのを待つのも悪くはない。


 いずれにしても激戦になりそうで陸奥から戦略予備として残していた五千を呼び寄せ、さらに足軽を募集し総計二万五千ほどになる見通しだ。補給を考えるとこれ以上の動員は難しい。


 常陸と上野を得たら二、三年国力涵養したいところだが伊勢新九郎の伸張を押さえるためにはある程度無理をなさねばならないかもな。


 しかし水戸城攻略は難しいな。周辺は湿原が広がっているし、那珂川を船で遡っても小回りのきかぬ大船では小舟に攻め寄せられてしまうだろうし。前世みたいに水陸両用車でもあればいいんだがない物は仕方ない。


「兄上はもう水戸城攻略を考えておられるのですね」


「ん?まぁな。太田城の攻略も既に終盤であるからな」


 気を抜いて良いわけではないが大勢は決して居るから後は時間の問題だ。この時間で水戸城の防備が固まるかも知れないが逆に言えば後方はスカスカになるわけだ。


「それではここは私にお任せ頂き兄上は水戸へと向かわれては如何でしょうか?」


「それも良いがまだ奥州から増派が来て居らぬ故な」


「あぁ……なるほど」


「まあしかしそうだな、俺は政務もあるから太田城攻略は又三郎に任せるか」


「はい!お任せください!」


 まあ俺は政務をするとは言えすぐ近くにいるから暴走することもないだろう。


「殿、こちらでございましたか」


「(来内)新兵衛かどうした」


「では私から。まずは北上川の付け替えが完了したとの報告が来ております」


 新兵衛の報せはとても良いことだった。


「遂に出来上がったか」


「はい。これからは今までの川筋に堤を設けてまいります」


 建設残土は山のようにあるから好きなだけ堤を厚くできるな。


「あそこは確か弥勒寺があったから堤を弥勒堤とでもするか」


 大化の頃に建立された寺だと言うが本当だろうか。


「それは弥勒菩薩の加護がありそうですな。それと水押のあたりから松島に抜ける水路を作り始めました」


「石巻は良いところではあるが湊とするには外海の影響を受けすぎるからな」


 あそこから矢本の沼地を経由し松島湾まで出られれば波風の影響が少なく、さらに多島海の風情をより良くしてくれることだろう。


 それと前世では存在しなかった北上川と万石浦を結ぶ水路も作ろうか。万石浦は波の静かな内海だから牡蠣や海鞘だけでなく海苔も採れる。水深は浅すぎて湊には向いていなかったと思うが水産業であれば問題はないだろう。


「わかった。引き続き頼む」


「それと北上川と分かれた迫川ですがこれも北上川と同じように川筋を真っ直ぐにして余分な水をなるべく早く海に流し込めるように改修しようかと思うのですが」


「無論問題ない。ぜひ進めてくれ。あの広い土地が良田となれば奥羽の米庫となろうぞ」


 実際伊達藩はたしか幕末期で実高百万石を超える東北随一の米の生産地だったし、大崎平野の改良だけでそれだけ石高が増えれば食料自給が一息ついてどっしり構えて土地開発ができるようになる。冷害には弱いから備蓄を多くする必要はあるけどな。


「あとは戸沢がイスパニアから何を持ち帰ってくれるかだな」


「寒さに強い作物があればいいですなあ」


「全くだ」


 そろそろじゃがいもはあるのだったか。持ち帰ってきてくれれば北海道の開墾が進むのだがなあ。

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