第四百八十四話 瑠璃唐草作戦2

太田城城下 阿曽沼遠野太郎親郷


 久慈城で久慈備前信継ら海兵強襲隊と合流し太田城に迫る。太田城は北から伸びる河岸段丘上に築かれた大きな城で見るからに難攻不落の印象だ。


 正面からぶつかっても陥落させるのは無理そうなので、太田城に幾分兵を残して田渡城や小野崎城といった北側に位置する城から攻略する。


 太田城攻略戦に取り掛かった翌日に別働隊である又三郎等が到着する。


「兄上、お待たせいたしました」


「おう。無事役目を果たしてくれたようだな」


 又三郎とその近習、そして毒沢治郎を労い太田城の向かいの西山に付き城を構築、といってもすでにはげ山だったので幕を張っただけだが。それでも城より高い地点になるので動きがよく分かる。


「小野崎城への支援を出すのか。守儀叔父上、少し蹴散らしてきてくれませぬか」


「おう任せろ」


「あくまで一矢浴びせかければそれでようございますのでね?」


「わぁかってるって」


 多分わかってないだろうな。竜騎兵みたいに火縄銃持ってるもんな。


「(小国)彦助どう思う?」


「何度か馬上から撃ったこともありますが流鏑馬の感覚ではあります。まあ少し離れると当たらないものではありますね」


「例えばだ、弾を砂粒のように小さくして、銃口を漏斗のように広げてやったら幾らかは当たるようになるのではないか?」


「なるほど、飛び散らせれば狙いが雑でも当たるということですな。確かに良さそうでございますな」


 そう言うと彦助はブツブツとつぶやき始める。まあ任せておけばいいだろう。


「殿、ここに居られましたか」


「久慈備前(信継)か。どうした?(久慈)佐兵衛も連れてとは」


 彦助が何やらメモ帳に描き始めたのと入れ替わるように久慈備前がやって来た。


「甥御殿の稽古がてら山の方の城を攻めてたんですが、大菅という地で湯が湧いておりましたので殿に報告をと思いまして」


「湯か。後ほど入らせてもらおうか。それよりも足軽たちを交代で入れてやってくれ」


「相変わらず足軽に甘いですなあ」


「おかげでここまで大きくなったのだ」


「それもそうでしたな。まあそれでうまくいくのは殿が稲荷大明神の加護を受けているとの噂もあってでございましょうが」


 実際どこまでみんな稲荷大明神の遣いとか言うのを信じているんだろうね。


「それで貴様らはその大菅の湯に浸かってきたのか?」


「もちろんでございます。良い湯でございましたので殿にもと」


「そうか。では太田城を落としたら行ってみよう」


「ではその支度をしておきましょう」


 湯か。つかってきたと言うと又雪に愚痴られそうだ。とはいえ遠野は温泉沸いていないし地下深くまで掘る技術もない。地下深くまで掘る技術……有名な物に上総掘りとかいうのが確かあったな。詳しいやり方は知らないから懸賞を掛けて技術開発を促すか。深井戸も掘れるようになるし今後人口増加が見込まれる遠野で飲み水の確保にも必要だろう。


 五日後には周辺の城を確保し太田城の包囲が完成した。包囲できて仕舞えばあとは急がなくてもいいので順に湯に浸かって休ませるよう指示を出す。


「では俺も湯浴みに行くか。(毒沢)次郎、少しこの場を任せて良いか?」


「もちろんです。ゆっくり疲れを流して来てください。又三郎殿も一緒に行ってくるといい」


「そういえば又三郎と同じ湯に浸かったことがなかったな。よし行くぞ」


「あ、兄上お待ちください。まだ戦の最中でございます!」


「だからこそだ。確り戦うにはしっかり休まねばならない。休むのも戦だ。な?次郎もそう思うだろう?」


「その通りでございますよ。兄弟水入らず、ゆっくり休んできてください」


 すっかり又三郎の師匠役になってしまっている次郎の言葉に又三郎は渋々頷き大菅鉱泉へと向かう。どこに敵の手があるかわからないので左近と勘次郎が周辺を警戒しつつ湯に浸かる。


「くぅ!いい湯だ」


「本当ですね。鉛温泉とはまた違う湯なのですね」


「あれはあれでいい湯だが、色々と湯を楽しむ事ができるようにしたいものだ」


「そういえば兄上は天下を目指されるのですか?」


「唐突にどうした?」


「いえ、関東公方を下し今や関東もその手中に収めようという兄上はどこまで目指して居られるのかと」


 どこまでだろうねえ。


「正直なところ、幕府や大樹などというものにはあまり興味はない」


「ええ!?」


 まあ驚くよな。

 いきなり統治方式を変えるというのは難しいだろうが天皇と征夷大将軍という権威と権力の二重構造は前近代的というか効率の悪い統治になってしまうからな。まあ江戸時代があったおかげで公家や寺社勢力を弱められた側面もあるのだろうけど。


「ないが、この日ノ本から戦を無くして、外つ国にまで覇を唱える為には必要になるだろうな」


 征夷大将軍でなくてもいいのだが類する存在でないとおそらくまとまらん。


「外つ国とは朝鮮や明でしょうか?」


「その二つはそこまで重要じゃない」


 資源地満州は欲しいが朝鮮半島は不要だ。浦塩を確保しているから日本海航路を使って運び出せるし。


「ただ朝鮮からは浦塩の商いで嫌がらせをしてくる小役人が少なくないようだからどこかで征伐はせねばならぬかもしれぬ」


 浦塩駐留軍からの報告で今の所大きな戦にはなっていないが、何れ大規模な掃討が必要になるかもしれないとの報告を受けている。


「ではどこに?」


「一つは浦塩と同じく商いをする為にマラッカの先にある昭南島だな。あそこを押さえれば天竺との商いが可能になる」


 この時代のインドは明と並んで綿花の生産国のはず。手に入れられれば綿布を広く安く普及させられるかもしれない。そしてスマトラ島の一部、パレンバンだけでいいので手に入れられればなお良い。


「なるほど。しかしそんなに商いをしてどうなるのでしょうか?武士なれば商いにうつつを抜かしても致し方ないかと」


「うーむ、又三郎の物心がついた頃には食うや食わずやという時代ではなかったからそう思うのも仕方がないが、遠野に戻ったら政務の見習いもやらせねばならぬな……。軍を動かすのも、民を食わせるための開墾、治水、湊の整備。いずれも銭があってこそできることだ。実際に国を動かすとはどういうことか学べば商いを軽んじることはできぬようになる」


 政務を教えてやればいくらか俺の仕事も減るだろうし良い考えだな。


「さていい湯であったな」


「ええ。商いの重要性についてはまだよく分かりませぬが、兄上のお考えが聞けたのもようございました」

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