第四百八十三話 瑠璃唐草作戦1

大館城(飯野平城) 阿曽沼遠野太郎親郷


「なかなかいい土地だな」


 秋も深まり遠野は冷たい風も吹く日が出てきたが、こちらはまだそこまで寒くない。


 なお親王も一緒に戦場にとか言っていたが馬に乗れぬことを指摘し諦めていただいた。ただそう言ったら乗馬の練習を始めたので本気で前線に立つつもりかもしれない。周りは必死になだめていたがあれは乗るんじゃないかな。せっかくなのでついてきた地下人他、役人に成りたくば軍に入って槍を振るうか枠の少ない警護局に入って捕物や火消しをするか選ぶよう通達している。役人を希望しない場合は学校建設が追いついていない僻地で教師をすることも可能だし、商人や百姓になることも可能ではある。ただもちろん反発するものもいるのでそういうやつは遠慮なく上方に送り返した。おかげで皆従順になってくれたよ。


 今回の常陸征伐はこの飯野平城から常備軍九千がまず進発し、久慈らによる強襲上陸戦で久慈城を攻める手筈で、占拠した後は二千まで守備隊を増やして、敵は完全に分断されるという予定だ。その後は下野と古河周囲から徴兵した四千を基幹とする部隊で太田城を攻略する。その後は南下して常陸全土を制圧する、名付けて瑠璃唐草ネモフィラ作戦だ。


「という訳で盛大に暴れて敵を引きつけよ」


「攻撃開始ぃ!」


 太鼓が鳴らされ、大砲が火を噴く。


「ところで瑠璃唐草とはどういうものですか?」


「その名の通り瑠璃色の唐草だ。海の向こうの可憐な花だそうだ」


 袰綿勘次郎がなるほどという。しかし敵は士気が低いのか少しの砲撃で後退していく。


「余り逃げられては久慈城強襲作戦に支障を来しそうだな」


 深追いにならない程度、周辺に斥候を送って警戒しつつゆっくりしかし確実に南下していく。しかしこうもあっさり退かれると罠のような気がしてしまう。


 そう思っているとやはり待ち伏せだったようで山尾城(現:十王中学校)に敵主力、それを南北に挟む形の櫛形城(現:十王スポーツ広場付近)と友部城(現:城の丘公園)の二つの城から矢と散発的ながら鉄砲が放たれたと思しき黒煙が上がる。


「おぉ遂に敵も鉄砲を手に入れたか」


「どこから流れたんでしょうな」


「左近、伊勢新九郎が鉄砲を他に売ったりはしているかわかるか?」


「今川には先日の援軍の礼として半ば奪われるように。他には流しておられぬ様子で」


 なるほどな。小田原でも鉄砲は作ってるし、先日の小田原攻囲戦の援軍の礼にと言われればあのときの伊勢家では断れぬか。しかしそれ以外で流出していないとなると手銃の類いか。あれなら俺が色々流したからな。


「そうそう伊勢と言えば彼奴も抱えてる草があるだろう?」


「風間衆でございますな」


「あれらは此方に靡く気はないのか?」


「殿に臣従した伊賀衆の扱いを耳にして時々向こうから接触を図ってきておりますな」


 周囲の村の者や伊勢の家臣からも毛嫌いする者が少なくないという。焦らなくても良いけど此方の手に引き込むのは無理ではなさそうだな。


「風間は無理に誘わずとも良い。来たいと言えば迎え入れられるかもしれないと臭わせてやるだけでよい」


 当家であれば新規に臣従した者はともかく古参は保安局の働きをよく知っているからあまり風当たりは悪くない。まあいつの時代も諜報員と言うだけで嫌われるのだろう。


 そして山尾城に意識を戻す。当家の侵攻を想定していたのか攻囲しても特に士気が衰えることなく撃ちかけてくる。


「ふむなかなか面倒な」


 山尾城の攻略をしたいが、山尾城の北に位置し十王川の北岸に位置する櫛形城から横槍を入れられてしまうため櫛形城の攻略から取りかかるが、それは向こうも想定していたようで一進一退と言ったところだ。


「しかしこれはこれで狙い通り……か。久慈が上手いことやってくれればいいがな」


「そして宇都宮の又三郎様もそろそろ動き出した頃でしょう」


 弟の又三郎を将に、毒沢次郎を大目付兼相談役とした主に宇都宮と結城そして那須の旧臣らを集めた部隊と練兵二千、そして守儀叔父上率いる騎兵、騎兵共が鉄砲を勝手に装備して竜騎兵のようになった部隊が進発している頃合いだ。向こうは進撃速度を重視し大砲は用意していない。


 大砲を撃ちつつ山尾城の攻防が始まって三日目、南側から黒煙が上がる。


「あれは久慈城か?」


「分かりませぬ」


 この黒煙に城兵が動揺したのか櫛形城の抵抗が緩み落城する。翌日、久慈城を無事確保したと、そして毒沢の部隊が長倉城や部垂へたれ城といった小城を落とし、太田城の西側に位置する久米城に迫っているという。


「佐竹勢は此方に主力を配していたようだな。向こうはほとんど空であったと」


 最小限の守備兵しかいないと言うことで向こうは破竹の勢いで進軍している。佐竹勢もこの知らせを早晩知ることになろう。


「よし!ここが攻め時ぞ!ただし敵が逃げるようであればわざと逃がしてやれ」


 将等にこの情報を知らせると各所で意気が上がり攻勢が強まるがここで日暮れを迎える。敵を休ませないように砲撃をしていると火の手が上がる。


「落ちたか?」


 翌日入城すると残っているのは足軽だけで宵闇に紛れて将等は撤退したようだ。

 山尾城の武装解除を手早く終え、百姓共は帰農するのであれば命までは取らぬことを通達し久慈城へと向かう。

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