第四百八十二話 パドル船

米谷城 阿曽沼遠野太郎親郷


 今日は親王と准三宮をつれて北上川の付替工事の現場に来た。


「ほおお、すごい普請やな。川をまるまる付け替えるなんてよう考えるな」


 准三宮が感嘆を上げる。


「付け替えの工事を初めて三年かかりましたが、間もなく其の工事も完成しそうです」


 流水量の計算なんてまだできないからとりあえず今までの川の深さを調べ、それより深く、そして幅も広げて流れやすくしている。


「川を付け替えるのは良きことではあるが、田をなすには水が必要でおじゃろう?水はどうするのだ?」


「そこは今流れている川を水路として水を流すように致します」


 これは北上川が西に流路を変えるところに堤と水門を設置して農業用水とする計画だ。


「まあちゃんと考えてはおるよな。それであの煙を吐いてるけったいなからくりはなんぞ?」


「親王殿下、あれは蒸気を使って土をどけたり土を固めたり土を運んだりする絡繰、我らは機械と呼んでいるものでございます。あれのお陰でこの大掛かりな工事も比較的すんなりと進みました」


「すごいなぁ。あれは上方に持ってきてくれへんか?」


「他家に渡すわけには参りませんので無理で御座います」


 戦国の世でなければまだなんとかなるのだがな。親王と准三宮を輿に乗せたまま石巻まで到達する。


「たしかにここのあたりはずいぶんと沼のようやな」


「准三宮様、そのとおりでございます。北上川の付替えだけで水が抜けるわけではないですが、それでも少しはましになるでしょう。さらに水抜き用の堀も作ります」


「どこまでつくるんや?」


「ここから松島というところまでをまず作ろうかと」


 前世で言うところの北上運河だね。貞山堀も再現して荒れやすい太平洋に出ずとも阿武隈川まで繋げたいものだ。


「あの船は何や!」


 親王が指差すのは今後の北上川の水運の主力を担う蒸気船北上号と浚渫船第一号だ。どちらも喫水は三尺三寸(約1m)と浅いのでスクリュー式ではなく船体後部にパドルをつけたものだ。浚渫船の方は船体の真ん中にバケットを四つほどつけたバケット式浚渫船の試作品だ。深さ六尺六寸(約二m)まで掘り下げることができるすぐれ物だ。舟運が大事なこの時代なので欲しかったんだよね。


「あれらは川で使う蒸気船です。海では波でひっくり返るかもしれませんが川でしたら十分なものでございます」


 と言っても遡上できるのはせいぜい狐禅寺(一関)まで。そこから先は小型の小繰船になるからより小型の動力船が欲しい。


「あれが蒸気船というやつか。なあ、ちょっとだけ、ちょっとだけでええから乗せてくれへんか?」


 親王の圧がすごい。


「今は蒸気船動かせるのか?」


「火を落としていますので今からですと早くて明日でございます」


 蒸気船北上号の乗組員に聞いてみるとそのような返答であったのでその日は石巻城に入って休み、翌朝船に乗り込む。


「あいにくとまだ北上川の付け替えが終わっておりませんのでほんの少しだけでございますよ」


「いやいや無理を言ってすまん」


 ぼぉー!っと汽笛が鳴ってタラップが外れ北上号が動き出す。


「ずいぶんと賑やかな船やな」


 蒸気機関が音を立て、さらにパドルがバシャバシャと音を立てて約一里、井内まで来たところで折り返して石巻港に戻る。往復二里、時間にして一刻ほどの短い船旅だが親王と准三宮は満足した様子だ。


「これはすごいな!なんという速さや。これがあれば京と堺も行き来が楽になるやろなあ」


「親王殿下、それをするなら川にある関をなんとかせねばなりませんぞ」


「准三宮、それもこれも陸奥守なればなんとかできるのではないか?」


「それはそうですな」


「親王殿下、准三宮様、それは買いかぶりと言うものでございます」


 流石にすぐには無理だよ。たとえ上洛の勅が有ったとしても途中に一体いくつの難題があるか。


「何をいうか。すでに陸奥守に比肩する者は居らぬぞ」


「しかしですね。大樹と管領がまとまれば……」


「はっはっは!陸奥守は面白いな。のう、准三宮」


「いやはや誠に。まとまるならすでにそうなっておりましょう」


 まあ前世の歴史でもどんどん幕府権力が左前になっていくわけだけどさ。ここまであけすけに言って良いのかな。


「いやはや面白いのぅ。准三宮、ここにしばらくとどまろうと思うがどう思う」


「大変良いかと」


 なんだと……御成だと思ったがやはりここに住み着く気か。上方よりは安全だし、春宮様の実弟だそうだから無碍にも出来ないか。


「分かりました。遠野に親王殿下の屋敷を設けましょう」


「無理を言ってすまぬな」


 まあこれで親王を抱えてると言うことになるが、これは内裏は大丈夫なんかね。まあ単に戦が激しさを増す上方から避難させたと言えば分からなくは無いか……な。


「それでは親王任国を得なければなりませぬな」


 もとより佐竹には既に古河攻めに参加しなかったことを咎める文を送りつけた。どうせ反応は無いだろうから秋にも攻め込む予定ではいるが。小田はなんとか逃げ帰ったと聞いているがまあ古河で削ったから攻略はそう難しくは無いだろう。


 あとは上野と上総か。上総は資源で言えば現時点で利用できないガスとヨードだし水田適地は少ないから上野が優先だな。上野を手に入れたら利根川と鬼怒川をつないで水運で鉄鉱石を釜石まで運ぶか。利根川東遷事業じゃ無いけど大量輸送となるとそうせざるを得ない。それで土崎の湊を改良して……鹿島と香取の神宮がどう出てくるかだな。穏便に進められれば良いのだがな。

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