第四百八十話 お出迎え

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 清之から四条様などの指摘により京屋敷を撤収する文が届いた。俺が古河公方を討ったことで一部の公家から少なからぬ反発心を買っているようだ。


「なるほどね。全く困ったものだ」


 こちらは一騎打ちの件で雪に詰められたことを除けば概ね平穏そのものだ。


「それで清彦親王がわざわざ御成になると。まさか親王まで下向してくるとは思っておらんかったな」


 地下人も一緒にぞろぞろ下ってくるのだろう。下向では無く御成と言ってきているからここに留まるわけでは無いだろうけど。


「それで遠野に親王を招くわけだが、饗応はどうするか」


「料理に関しては四条様と宇夫方様がいるじゃない」


「そこは心配してないんだが。しかし上方とはあまりにも違うだろう食事が口に合うだろうか」


「それこそ四条様が居られるんだから心配することは無いでしょ」


「そうかな?」


「そうよ。宇夫方の叔父様と一緒に包丁の修行をなさっていてとても美味しくなってきているじゃ無い」


「それは確かに。しかし守儀叔父上の料理はなんというか薬膳とかいいだしてるんだよな」


「あら良いじゃない。医食同源ってやつじゃ無い」


「あれってどれくらい意味があるんだ?」


「流石に前世では薬の代わりにはならないけど、この時代なら医学も薬学も未発達なんだし食事に気をつけることでってのは一定の説得力があるわよ」


「それもそうか」


「殿は病気で死なないとかいうふざけたチートがあるから気にしてないかもしれないけどね」


 そう言われると耳が痛い。


「それより饗応は食事だけじゃ無いでしょ?」


「酒はまあなんとかなるだろう。雪のお陰でな」


「まあ私が作ってるんだし当然よ。そうじゃ無くて、饗応するなら何か舞とか出した方が良いんじゃないの?」


 舞、舞かあ。そっちの方は振興してなかったからなぁ。暇があれば弓を引くか刀や槍を振るか馬を走らせるくらいだしなあ。田植踊りとか鹿子舞とか神楽はあるけどあれを親王に見せて満足するのだろうか。


「どうしよう?」


「もうどうしようもないでしょ。あるやつをやってあげれば良いのよ」


「そんなのでいいのか?」


「いいのよ。わざわざ視察にくるんだからこっちのあるものを出せば」


 そういうものか。それなら近くの村に通達していくつか舞をやらせるか。


「あと蒸気を見せてあげたら喜ぶんじゃ無いかしら?」


「蒸気か。確かに輸出していないからうちにしか無いな」


 見世物としては良さそうだ。


「じゃあとりあえずそれで進めていこう。雪が居てくれて助かったよ」


「ホホホそうでしょ?感謝しなさい」



 そんなこんなで大槌港に清彦親王を出迎えに行く。


「この度は斯様に遠き地までようこそお越しくださいました」


「其方が陸奥守か。此度はよろしゅうな」


「はは。何も無いところでは御座いますがゆるりとしてくださいませ。ところで何故准三宮様が一緒なので?」


 親王の御成と聞いていたがなぜか准三宮がついてきている。


「そんないけず言わんといてえな。あてと陸奥守の仲やないか」


 そんなに仲良かったかな?京の屋敷で勝手に酒飲んでスルメ炙って食ってただけにしか思わんが。


「陸奥守、准三宮のことはよい。煙を吐く船というのは無いのか?」


「蒸気船ですか。あれはいま相州伊勢家を援助したので重整備に入っております」


「見られぬのか?」


「申し訳御座いませぬが造船所は当家でも立ち入りを制限しております故」


 造船所は機密事項なので現時点ではたとえ親王でも見せられない。


「そうしたら南の方から見える煙はなんぞ?」


 親王が釜石から立ち上る黒煙を指さして言う。


「あれは製鉄所でございます」


「製鉄所?たたらとは違うのか?」


「全く違うものでございます」


「そっちも見せてくれぬのか?」


「……製鉄所内は危険ですので外から見るだけになりますが」


「無理を言ってすまぬな」


 輿を担いでいけるような道がないので船で釜石湾に入る。


「ほぉ、これが製鉄所か」


「陸奥守、これはたたらとどう違うんや?」


 清彦親王は感嘆をあげ、近衛尚通が訪ねてくる。


「詳しくは申せませんが、当家のは鉄の石から鉄を絞り出すものでございます。対して西国でなされているたたらは鉄の砂から鉄を絞り出すものでございます」


「同じようにはできぬのか?」


「それは今後検討していきます」


 ようやく高炉が安定してきたからな。今後は久慈の砂鉄鉱床を利用した製鉄を実現したいな。問題は久慈鉱床の鉄にはチタンが混ざってるってところだがどうやったら効率的にチタンを分離できるんだろう。分離できるならチタンプレートとか作りたいんだけどね。


 釜石港に上陸したところで所長の長兵衛らが呼び出される。


其方そちがこの製鉄所とやらの責任者か」


「はっ!は!そ、其のとおりにございます」


 長兵衛らは顔を上げることもできずただただひれ伏す。


「其方等の働きが日ノ本に良いものにするであろ。よく励め」


「ははあ!あ、ありがたきお言葉にございまする!」


 長兵衛らの冷や汗で水たまりできてるぞすげえな。


 その後、コークス工場にも寄って三千代にも声をかけていたがこちらも冷や汗垂らしていた。


 予定外の釜石視察になったため大槌に戻って一泊し、翌朝笛吹峠の街道を通って遠野に、そして鍋倉城へと入城する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る