第四百七十九話 京屋敷から撤退します
京(三人称視点)
関東公方が阿曽沼に討たれた事件は十日後には京にもたらされた。
「ははは!陸奥守がやったか!」
「春宮殿下、笑いことではございませぬ……」
「小外記(浜田清之)の言う通りですぞ」
四条邸で四条隆重と浜田清之が話し込んでいるときに春宮がやってきてぶどう酒をせがんでいたときの反応であった。
「それに余り臣下の邸へ気軽に出歩くものではございませぬぞ」
「そう堅いことを言うな。勧修寺の邸では自由に酒が飲めぬのだ」
そう言いながらぶどう酒を継ぎ足している。
「また後ほど藤子はんによくゆわななあ」
「
見慣れた景色に清之は軽く嘆息する。
「それで話を戻してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああせやな。しかし陸奥守はんが鎌倉公方をやったのはずいぶん大きなことやで」
「せやな。少なくとも関東は大樹の影響がほぼなくなったとみるべきやろ」
清之の声に四条隆重、そして春宮が答える。
「未だ関東管領と小弓公方がございますが」
「奥羽に加えて下野と古河の地まで手にしとるんや。水運を押さえにかかるやろうから常陸も時間の問題や。そうなるといま管領を巡って争ってるようでは何れ阿曽沼に呑み込まれるからな」
そこまで話すと春宮はもう一度ぶどう酒に口を吐け、再び口を開く。
「小外記、其方は遠野に帰れ。これ以上京に居ってはどうなるか分からん」
「しかしそれでは京家老の役目が果たせませぬ」
「其方が死んでもそれは同じであろう。我らとしても小外記を失うのは惜しいからな」
春宮のその言葉に浜田清之が考え込む。
「……承知しました。役目を果たし終えておりませぬがそうさせて頂きまする」
「うむ、それでや奥州に帰るついでで悪いんやけど、一人連れ帰って貰えんか?」
「それは構いませんがどなたを?」
「弟や」
「き、清彦親王をでございますか」
清之はとんでもない同行者を押しつけられて飛び上がる。
「春宮様いよいよあれをするんですな?」
「春宮様、四条様、あれとは?」
「それは其方が奥州に帰ってから聞かせたる。まあ弟はこのままだと天台座主だが坊主にするには惜しいし、先年の堅田の大火はおおかた陸奥守の仕業やろ?陸奥守と争う立場に奴を置いておきたくないからな」
「あの大火事は殿の?」
「陸奥守が去ったあとに焼けたのだから恐らくそうだろう。山門はそうは思っておらんようやけどな」
清之と四条隆重は春宮の発言に冷や汗を流す。
「それにこれから公家も分裂するやろ。阿相、其方も陸奥に行ってはどうか?」
「春宮様のお心遣い有りがたく思います。しかしあてが下向しては包丁番が居なくなってまいます」
「それもそうか。では無事である事をお互い神仏に祈るしかあるまいな」
清之は京屋敷に戻ると帰り支度をはじめる。そしてそこに保安局のものがやってくる。
「何か動きはあったか?」
「は、弾正少弼(六角定頼)が北近江を押さえに掛かるようで御座います」
「昨年国一揆に担がれた六郎(京極高広)に当主等が尾張に追われたのでは無かったか」
そして今は浅見某とかが実権を握っていたはずだと清之は近江に関する資料を読みながら答える。
「その追い出された中務少輔(京極高清)に弾正小弼が誘いを掛けたようで御座いまして」
「なるほどの。弾正小弼の企みが上手く行くかは知らぬがしばらく近江は荒れるか」
資料を草紙の束に潜り込ませて保安局に預ける。これに数日、一度に運び出せぬのでいったん伊賀の千賀地城へと運ばせ、そこから商人の振りをして遠野まで運ばせる手筈となっている。運びきれないもの、古くなった資料は屋敷を引き払ったあとで火を放って屋敷ごと焼く算段だ。
「待たせたな。其方が小外記かよろしく頼むぞ」
「はは!お任せくださいませ」
「お、まだ居ったか。あても一緒やで」
「じゅ、准三宮(近衛尚通)様!」
「そんな驚かんでもええやろ。今回は清彦親王が奥州に御成になるんやからあてが同行したとておかしくはない。それに阿相の継嗣がどんな包丁を振る舞ってくれるか味見せんといかんからな」
後半が本音だろうなと清之は理解したがもちろん口には出さない。
「陰陽師によると今日が吉日ということやから早速行かんか?親王もよろしいか?」
「かまわん。あてもはよ奥州を見てみたいんや」
御成とはこんな軽いものなのかと清之等阿曽沼側の者は思いながら京を出る。流石に準三宮と親王を伴う一行を襲う不届き者は居らず、すんなりと小浜に到着した。
小浜は奥州からの船が増え今や堺に匹敵するほどの勢いであるが、かえってそれが若狭守護武田元光と小浜商人の間で軋轢が生じているとの情勢を清之は保安局から聞かされる。
武田元光が饗応するとのことで館に赴くと新鮮な鯖や奥州からもたらされた鮭や昆布などをふんだんに使った料理が振る舞われる。
酒が入り、親王に街が大層栄えていることを褒められ気を良くしたところを近衛尚通から商人の扱いに困っていないかときかれるとあからさまに不機嫌になる。
「誰が守ってやっているのかわかっておらぬようで、最近は政に口を挟んでくるものが居るのです」
武田元光がそういうのを近衛尚通がうまくとりなしたおかげで雰囲気良く宴会は終わり、二日酔いか船酔いかわからぬ状態で若狭を離れ奥州へと向かった。
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