第四百七十八話 古河公方倒れる

野木本陣(現野木神社) 阿曽沼遠野太郎親郷


「やはり打って出てきたか」


「先陣を切ったのは多賀谷下総守だそうです」


「ほぅ、結構な首じゃないか」


 観音寺曲輪か諏訪曲輪のどちらから出てくるかわからなかったが、直前に諏訪曲輪で気勢を上げてくれたおかげで十分に余裕を持って先陣を撃ち倒せた。しかし次鋒以降は鉄砲の再装填の隙をついて攻め寄せ激しい戦闘になっているという。


「ここまで来るかもしれんな」


 今は諏訪曲輪の外が主戦場となってこちらの兵も多く回しているがここで観音寺曲輪から出てこられたら本陣まで到達するかもしれない。


「殿、ここは俺がおりますからご安心ください」


「そうですぞ(小国)彦助だけでなくこの私もおりますからな」


 小国彦助と袰綿勘次郎が胸を張って応える。


「そうだな。お前らがおればまあ大丈夫だろう。が、戦場ではいつでも備えねばならんからな」


 それは確かにと彦助が反応し、そして其の場合に備えるために本陣を出ていく。


「まあ思ったより激しい戦いになったな」


「さすがは公方様と言ったところでしょうか」


「うむ、関東武者の上に立つのであるからそれより強くなくては纏まらんのだろう」


 応急的に建てた櫓に登り、敵を眺めるとやはり観音寺曲輪からも兵を出してきている。


「やはり来たか。砲撃を開始しろ」


 手旗が上がると待っていたとばかりに大砲が大量の煙を吐いていく。

 続いて鉄砲隊から煙が立ち上るのが見える。


「だいぶ近付いたな。俺の弓を」


 混戦となっているが其の中から抜け出した一群がこちらに向かってきている。距離およそ百間(約180m)、弓を番え戦闘を走る将に狙いを定め予測位置に向かい放つ。


本陣ここに来るぞ」


 矢があたったかどうかは確認していないが其の暇はあまりなさそうだ。


 白星はもう高齢なのでつれてこれないから、白星の子の赤星、白星の子のハズなのだがなぜか赤毛なので赤星とした、にまたがり近習等とともに幕を出る。


 とちょうどそこに敵の騎馬がやってくる。


「やあやあ我こそは鎌倉公方、足利左兵衛佐高基である。阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷と尋常にお相手願いたい」


 おいおい一騎打ちかよ。名指しされたんじゃあ出ないわけには行かぬか。


「やあやあ我こそは奥州を統べし阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷である。関東の鬼武者等を統べる公方様と一騎打ち出来るとは誉れでござる!」


「其方が阿曽沼陸奥守か。ずいぶんと立派な体躯ではないか」


「お褒めに預かり恐縮で御座る。奥州の寒さに抗うには身を大きくせざるを得ぬので御座る。ところで公方様は斯様な無駄話を為さりに来られたわけでは有りますまい」


 俺の言葉に足利高基はひとしきり笑い、そして矢を番える。


「貴様のその首、この儂が直々にもらい受けてやろう!」


 言うや矢が放たれるが、俺は左袖で受け止める。ちょっと貫通したがまあ問題は無い。


「公方様の心意気、しかと受け止めましたぞ!」


 お返しに矢を放つと足利高基は同じように受け止めるのだが俺の弓は他より強いので貫通して左腕に刺さっている。


「某の弓を甘く見られましたかな!?お命頂戴致す!」


 赤星を駆って槍を振りかざす、が流石に足利高基も受け流す。


「ほお、矢が刺さっても槍を振れますか。流石で御座いますな」


「舐めるなよ?たかが矢が一本、腕に刺さった程度で怯む武士などこの板東には居らん!」


「仰るとおりですな!」


 互いに槍での応酬がしばらく続く。


「食らえ!」


「む!赤星!」


 騎乗していた赤星が斬りつけられ倒れる。


「すまぬな。仇はとるぞ」


 倒れる赤星に巻き込まれぬよう飛び退き刀を抜く。


 間合いが狭まったのをみて足利高基が槍で攻勢を掛けてくるが、向こうの隙を見て馬を刺して地上に引きずり下ろし、体当たりをして足利高基の槍を奪う。


「やるではないか!」


「公方様こそさすがで御座るな!」


「これだけ楽しい死合は久しいぞ!しかしそうも言ってはおれぬ」


 足利高基が刀を抜きながらそう言う。


 二度三度鍔迫り合いになり刀が欠けが生じる。やはり公方ともなれば強いな。しかし足利高基の息は上がってきている。左腕から血がしたたり落ちているのが効いてきたのだろう。


「ふぅ、ふぅ、ヌオオオオオ!」


 足利高基が裂帛の気合いで斬りかかろうとするが血が足らぬのか膝を着く。隙だらけに見えるが近寄ったところを刺されるかも知れぬ。


「鉄砲を」


 俺専用の十匁筒を持ってこさせる。


「それが阿曽沼の鉄砲か」


「俺専用の特別誂えだがな。冥土の土産話にはなろう」


「楽しい仕合であった。地獄で其方を待っていよう」


 ズドン!と鉄砲がなる。しかし俺はあんまり鉄砲の修練をしていなかったので少し外れて足を打ち抜いたのみ。しかし出血と痛みもあってか足利高基は気を失ったのでヨシ!


「鎌倉公方、足利高基討ち取ったりー!」


 討ち取ってないけどそう言ってやったら敵は潮が引くように退いていく。大将が倒れたとあっては士気を維持できぬというもの。


「殿、まだ息はあるようです。どうしますか?首を刎ねますか?」


「いや怪我の手当てを。使い道はある」


 刀傷を焼き鏝やきごてで焼いて止血し綺麗に水であらい膏薬を塗ってやる。


「目を覚ますかは此奴次第だな。公方の身は運びやすいよう棺桶に入れろ。古河城に開城するよう通告せよ」


 一刻後に開城され、古河城入城を果たした。

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