第四百七十七話 古河城の戦い

古河城


「わしゃ、あんな話は聞いとりゃせんぞ!」


「そうじゃそうじゃ!阿曽沼が如き陸奥の田舎モン、公方の殿様の威光の前には無力じゃと言ったのはどこのどいつじゃ!」


 城内では雇われたり徴兵されたりの足軽共が三々五々騒ぐ。もちろん保安局の手が入って入るがほとんどは自然発生で先日の夜戦を目の当たりにした感想であった。


「あの大砲とかいうやつ、あれを食らったやつは跡形もなくなるか焼けて死んだっていうじゃねぇか。おらそんな死に方したくねえ!」


「逃げっか?」


「おうよ」


「待て!どこに行くつもりだ」


「うるせぇ!こんなところにいても何れあの大砲とやらで死んじまうだろうが!さっさと逃げた方が利口よ」


 最前線に位置する諏訪曲輪、沼と渡良瀬川に挟まれた南北に伸びる半島状の古河城において西側に突き出た曲輪と、北側に位置する観音寺曲輪と桜町曲輪では塀を越えて逃げようとしたものが阿曽沼方の矢を食らって堀に落ちていくという事態がところどころで発生した。


 その知らせは古河公方、足利高基の耳にも届く。


「陸奥守が迫ってきて足軽等が逃げようとしておるのか?」


「左様でございます。ただ塀を超えたものは阿曽沼に射殺されてしまうので既に落ち着いたようではございます」


 その言葉に高基は肩を落とす。


「上杉の援軍は……あてにならぬか」


「小田原で散々にやられておりますから立て直すのにしばし掛かるかと」


 あらためて確認すると場の空気が暗くなる。


「それで中務大輔、陸奥守はどう言っておる?」


「今下るなら公方様のお命は残すと」


「なんという傲慢か!」


 居城を落とされ焼かれた宇都宮や結城がそう吠えるが。


「もはや関東公方は名乗れぬのであろうなあ」


「おそらくは」


「それに陸奥守が言ったようにもう戦の作法が変わってしまったな。このまま城に籠もって居ってもいずれあの大砲をくらって無惨なことになるだろう。中務大輔、すまぬが今一度陸奥守と話をしに行ってくれぬか」


「それは構いませぬが、なにを?」


「直接会って話がしたいと、そうだな陸奥守に囲まれている諏訪曲輪でどうかと」


「よろしいのですか?明らかに彼奴は我らを舐めておりますぞ」


 簗田中務大輔の言葉に足利高基は一瞬間懊悩する。


「さりとて如何する?このまま籠もって居っても何れあの大砲で城も燃えよう。それともそうだのう、諏訪曲輪から攻め出て野戦に持ち込むか」


「それがようございます!このままおめおめ下るのは武家の棟梁たる足利としてはいけませぬ。ここは攻め出るがよろしいかと!」


 簗田中務大輔を始めとする武将等はここでむなしく砲撃を待つ、或いは、平伏すくらいなら死んだ方がましだという意見で一致する。その声を聞き足利高基はゆっくりと息を吐く。


「確か明日の午の刻までは待ってくれるのだったな?」


「そのようです」


「では日が明けきる前に阿曽沼に攻め込むぞ」


「先日の夜襲の礼で御座いますな!」


 皆が意気揚々としたところで仕度のためといって古河公方足利高基は自室に戻る。


「公方様、先ほどはずいぶんと賑やかにされていたのですね」


「ああ。このまま籠もっていては足利の名が廃るというもの。払暁の頃に討って出る」


  そしてうとうとと仮眠をとって子の刻頃に起き出し戦装束を纏う。そして足利高基は正室瑞樹と水杯を交わし、かわらけを庭に投げ捨てる。


「儂が討たれたら開城して陸奥守に従え」


「お前様……」


「上杉は当てにならぬ。それに陸奥守は女子供には優しいそうだし、其方もよく読んでいる草紙は知っての通り陸奥から流れてきておるものだ」


「それは……」


「それとだな、ここで下っても儂はともかく皆の気が治まらぬ。公方たる儂が討って出なくばな」


「……御武運を」


 足利高基が白馬に跨がり将等を率いて本丸を出ると近くにいた足軽等が気勢を上げてついていく。


「公方様!先鋒は私めに!」


 宇都宮下野守弥三郎忠綱が足利高基に申し出る。


「下野守、そう逝き急ぐな。こういうのは歳の順というのが古からの倣いよ」


「左衛門督殿(結城政朝)……」


「左様でございますぞ。ここはこの多賀谷下総(多賀谷家重)にお任せくだされ」

 

 多賀谷家重がそう言いながら前に出てくる。


「見たところ陸奥守は我らが打って出てくることを予想した布陣でございます。ここは五十を超えた爺共が先に三途の川を渡って道を切り開くのが好うございましょう」


「下総……」


「従兄弟殿(結城政朝)、父と先に黄泉で待っておりますぞ。開門せよ!この多賀谷下総とともに黄泉へ攻め入りたいものは付いてこい!」


 そう言うと周りの足軽等が槍を天に突き「応!」と応える。この声に感化され皆の士気が高まっていくのを見て多賀谷家重は馬を駆け出した。


「多賀谷下総守家重ここにあり!奥州の者共、関東武者の恐ろしさを……ごふっ、ぐあっ!」


 橋を降ろし門を開いて駆け出した多賀谷家重を待っていたのは、鉄砲の弾雨であった。名乗りを上げながら橋を渡ろうとしたが、それすら適わず斃れる姿に公方方の足軽の士気が一気に冷めていく。


「ア、アイエエ……ショ、ショギョムッジョ……」


 ポツリととある足軽がつぶやくと結城政朝に斬り捨てられる。


「怯むな!鉄砲は一度撃てば隙ができる!今のうちに攻めかけるぞ!」


 改めて結城政朝が士気を鼓舞して城から出ていくと、今度はいった通り弾込めの隙で矢は飛んできたが大鎧で受け止めながら奥州軍に突入することに成功した。

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