第四百七十六話 古河夜戦

祇園城 阿曽沼遠野太郎親郷


「公方から遣いが来ました」


「通せ」


 古河公方から遣いがやってきた。数の上では向こうが優位であるから攻めかかってくるかと思ったが交渉からか。わるくない。


簗田やなだ中務大輔でございます」


 ほお、古河公方の重臣中の重臣がわざわざ来たのか。


「阿曽沼陸奥守遠野太郎親郷だ。中務大輔殿がわざわざ足を運ばれるとは。どのようなお話か」


 ちなみに簗田中務大輔は当然下座だ。


「公方様からのお言葉で御座る。陸奥守様は直ちに兵を退き、奥羽に戻るようにと」


「ははは!これは面白い冗談ですな」


「数の上では我らは二万を超える。陸奥守様の兵はおよそ一万と言ったところで御座いましょう。このまま戦えば数に勝る我らが勝つのは道理」


「確かに数はそうでございますな。されど戦いは数だけでは御座いませぬぞ?」


 指揮系統が統一されていない連合軍では数の利を上手に使うのは難しいだろう。


「来るときに観ましたでしょう当家の大砲を」


「あんなものに怯える関東武者ではなぁい!」


 まあ確かに人であればそうかもしれないが、馴らされていない馬は砲撃音で動けなくなると思うんだよね。


「ふぅむ。まあここまでの我らの戦を見ておらねばそう云うのも宜なるかな。貴公が思っているほどには当家は弱くはないぞ。それに小田原で対陣したかと思うと我らに対応するべく急いで帰ってこられたのでしょう。将等はともかく足軽はつかれておりましょう?」


 こちらも長距離移動で疲弊はしているけど今のところは勝ち戦で戦意は高いし、小田原まで行って帰ってきただけの公方等よりはましだろう。


「今回は顔合わせというところでしょうからこれで。公方様にお伝え願いたい。武家として関東武者の棟梁たる公方様と戦えることを嬉しく思うと」


「ふん、気取りおって。後で泣きべそをかいてもしらんぞ」


 そう言い残して簗田中務大輔が出ていく。泣きべそな、かくのはどちらだろうなあ。


「左近」


「ここに」


「保安局のものは古河方に入れておるな?」


「無論でございます。足軽等には阿曽沼になった地は豊作になったといえば一部の者がこちらに流れてきているようです」


 まあ百姓からすれば収入の増えるという当家に下ったほうが得だと思うものな。


「ふむ。それはそれでよい。夜には砲撃を始める故、砲撃を喰らわぬよう気をつけさせてくれ」


「ご心配には及びませぬがお気遣い痛み入ります。ついでに上手いこと混乱を起こしてご覧に入れましょう」


 簗田中務大輔がやってきたのが夕方だったからすでにあたりは暗くなり、冷たいからっ風がより冷たくなる。


「こっちの冬は風が冷たいな」


「雪がないくせにいっちょ前に寒うございますな」


 雲に月が隠れた暗い夜道を足元に気をつけながら進み、敵陣までおよそ二百間(約363m)に近付き相手に見えぬよう置き盾を壁にして火を起こし鉄球を焼いていく。


「よし!撃ち方始めぇ!一斉射終えたら騎馬隊と足軽は敵陣に突入せよ!」


 夜の静寂を砲声が切り裂く。焼けた砲弾の影響か焚き火が散った影響かはわからないがそこかしこで火事が起こり、敵兵に混乱が広がっていくのがわかる。


 流石に二万もいると古河御所にたどり着けないのでとりあえず周辺の雑兵を蹴散らしていく。


「さっさと古河御所を焼いて上野に行きたいもんだな」


「そうですなあ、越後と信州に攻め入るならあの辺りはほしいですなあ」


 一晩襲撃を繰り返して敵方は古河御所に籠もる者以外は概ね逃げてしまった。


 翌朝再び簗田中務大輔が遣いとして本陣にやってくる。


「昨日ぶりですな。どうやら少しお窶れになられたようですな」


「陸奥守!あんな戦い方があるか!」


「果さて何のことだ?夜襲であれ敵の虚をつくのは当然の戦術でござろう」


「そんなのはわかっておる!そうではない!あの大砲などというもので矢も届かぬところから名乗りもせずに攻めかけるとはなんという不届きぞ!」


「中務大輔殿、時代が、戦が変わったのですよ」


「なにをふざけたことを!」


「何もふざけてなどおらぬ。知っての通り陸奥は出羽をあわせたと言えど貧しい地であるから人も相応に少ないのでな。如何に足軽の消耗を抑えるかが大事でな。もはや騎馬と徒士が遣り合うだけが戦ではなくなったのだよ」


「言わせておけば!」


「それにそちらとて大砲を持っていたら同じように使ったであろう。無いものを妬むのは仕方ないがお門違いだ」


「なにを……」


「中務大輔殿、左兵衛佐(足利高基)に申し伝えられよ。今であらば足利将軍に連なる名家として処遇すると」


「何処までも愚弄するつもりか!下手に出たらいい気になり居って!大樹に連なる古河公方を打ち倒せば朝敵として討たれるのは貴公ぞ!」


「上方は管領争いで忙しく此方のことなど気にも掛ける余裕は無いさ」


 なんなら此方の支援を引き出そうと必死なくらいだからな。大樹はともかく実質幕府を動かしている管領を巡って相争っているようじゃ関東公方がやられたとしても何も出来ないだろう。


「ご面談中失礼致す。殿、一向寺を抑えまして御座います。それと諏訪曲輪への攻撃もいつでも可能でございます」


「一向寺は向かいが本丸だったな。あそこから砲撃したなら本丸にも届くか?」


「恐らく問題無いかと」


「では簗田中務大輔殿、我らはこれより砲撃を再開いたす故、左兵衛佐によろしく伝えられよ」


 あそこであれば沼地に挟まれているから敵が奪いに来ることもできぬだろう。


「あ、あいや待たれよ。公方様にはよく申し上げる故、一日、一日で良いので待ってくださらんか!」


「そこまで言われてはやむを得ぬな。では明日の正午までは待ちましょうぞ」


 そう言うと簗田中務大輔は慌てて古河城に引き返していった。


*古河城の地形に関しましては下記Wikiの絵図がわかりやすいと思いますのでご参照ください。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b7/Koga-jou.jpg

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